9/05/2014

恋はハワイの風に乗って 1


生まれて初めて自身の落ち度で飛行機に乗り遅れるというイケてないことをした。荷造りは気になっていながらも前日まで手がつけられなかったし、荷造りが終ってもいないのにその夜迷ったあげく『5リズム』のダンスにでかけてしまった。スティルネスの美しい音色が奏でられた時に、私はとある男性を群衆の中に探し当て、見つけ次第その胸にすがり声を上げて子供のように泣いた。以前に彼が同様に私を抱きしめてそうしたことがあったので、お互い『泣く場』を与え合う関係になっているのだと思う。

友人を亡くして初めて、その悲しみを堪えることなく放出することができたのでよかった。が、翌日早朝のフライトに間に合うように起床して出かけることができなかった。iPhoneのカレンダーをハワイ時間にしてスケジュールを書き込んでいたので、アラームのセットを勘違いしていた。

ほんの数分の差で、スーツケースのチェックイン45分前の締め切りを逃した。手荷物を機内持ち込みにしたらいけるかもと提案されて長い列に並んだけれど、小型のスーツケースにはコスメティックの液体が入っていたので、それを没収される訳にはいかないと断念した。一時間半ほどの待ちで済む次のフライトはウエイティングリストという賭けでもあった。最近の自分の『詰めの甘さ』を自覚していたけれど、とうとうその実害が出たという感じだった。それでさほど落ちたりはしなかった。ただ「これで別のパラレルワールドに移動したな」と思った。良くも悪くもなく、ただ「変わった」と

ホノルル空港まで迎えに来てくれる筈のランドロードと、午後から会う予定になっている知人にはテキストでさくっと連絡をつけて問題はない筈だが、なんとなく始まりのつまづきに『負の予感』を得た。それを意識からぬぐい去ろうとしたけれど、常夏のハワイを目指す興奮は自身の身体のどこにも感じられなかった




ハワイアンプリントの座席カバーが可愛い古い白いバンの横ドアが開くと、そこでウエルカムをしてくれたのは2匹のゴールデンリトリーバーだった。荷物をその隙間に収めたランドロードはふくよかなブロンドの中年女性だ。濡れた犬の匂いがするその車内で、オレゴン州から20年前に移住して来たと語る彼女の日焼けでぼろぼろになった肌は、そのハワイでの年期を語っていた。

ホノルルの交通事情の悪さは世界指折りだという。彼女は「空港のピックアップ大嫌い」と、そう普通の顔をして呟きながら、早めにフリーウエイを降りる手段にハンドルをさばいた。

通されたその部屋と雰囲気にオンラインの写真からの違和感はなかった。が、眩しい太陽の外から室内に入ったときのその家の中の暗さに軽い衝撃を受けた。天井が高くて窓が多い自然光が明るいカリフォルニアの家と比べると、その暗さはかなり気になった。そういえば、太陽光線が強いハワイでは、家の中を涼しくするために窓を小さくして光が入らないようにしているのだという記事をどこかで読んだこと思いだす。

家全体の湿った空気から古さを感じさせられた。多分に1960年代に建てられたこの家はそれでもまだマシな方で、このカハラ地区には恐ろしくボロい家に信じられないような価値が付いているのだそうだ。

「これで1.9ミリオンで売りにだすのだそうよ。私の家のオーナーはこっちに住んでいない日本人なの。このカハラ地区に家8軒所有しているのだけど、2週間前に家を出て行ってくれって連絡されて驚いたわ。私、この家18年間借り続けて来たのよ。どうやら原発関係の会社の人らしいわ。資金繰りが必用になったって」

アロハスピリットが効いた自然を活かしたその家のデコレーション、家具の量を考えると、どれだけストレスフルな引っ越しになるかを想像して酷く同情した。しかし、彼女は穏やかにそう語っただけだった。

家の周りはトロピカルな植物が茂り、裏庭の大きな木は大変に良いエネルギーを放っていた。それに感動したほんの瞬間に10カ所以上蚊に刺されて急激に落ちた。ランドロードのテスは「こればっかりは避けようがないわ」とため息まじりにそう言い放ち、それでも大事に騒ぐ私に古い半分残った昔の蚊取り線香を引っ張りだしてくれた。彼女はこの匂いが嫌いなのだそうで使わないのだそうだ。

シャワーを浴びても直後からじんわりを汗をかく。遠い夏に友人を訪ねたNYの経験をふと思い出した。日本の夏を懐かしみながらも、実際その非情さを肌で経験したことがない。「日本に帰って来ようかなぁ」と桜の時期につぶやいた私に「雅ちゃん、それ、夏帰って来てからもう一度言って」と姪が笑ったくらいだ。




カハラモールは徒歩で5分の距離にあった。ワイキキ行きのバス停もすぐ目の前で便利な立地条件だ。「カハラといったらオアフのビバリーヒルズよ!」と驚愕したおかまくんだったけれど、その地域にあるモールにだからと、ある程度の期待をしてたらあまりにもしょぼいので落胆した。ホールフーズを確認したら、やっぱりそのしょぼさに落胆した。家の近所にあるのと雲泥の差だった。

おかま君が紹介してくれた『はんこ』は、待ち合わせの時間をちょっと遅れてアラモアナ方面からやってきてくれた。既におかま君を介してLINEでのチャットは軽く済ませていたけれど、そこに現れた女性のノリはおかま君の繋がり特有の『ゲテモノ系』とはほど遠かった。ハワイでそれなのと驚くくらいの堅いきちんとした身なりの、10日後に結婚式を控えた既に奥様風の彼女のネイルは、ウエディング仕様の白いデザインのジェルだった。

私の話を聞きながら目にどことない戸惑いを漂わせている彼女に気づいたのは、一時間ほどで用事があるからと彼女に席を立たれたときだった。たしかに確認はしなかったけれど、そのまま夕食に流れるのかと思い込んでいたので、その瞬間、引かれたかのような感覚に陥り気が萎んだ。人に紹介されて初めて会う相手だというのに、ノリの悪いハワイの旅の不安を風呂敷を広げるように語った痴態を恥じ入った。別れてからおかま君に「せっかく紹介してくれたのに、私失敗したかもしれない」とLINEしたくらいだった。

家に向かって歩いていたら、とつぜんクルマが横付けになった。ふと横を見ると、はんこがクルマを運転しながら「ねぇ、本当にご免なさい。本当に忙しくて。でも、絶対家探し手伝うから。ねぇ?」と身体を半分乗り出してそう言い続けた。

「…なんか私、ナンパされてるみたいですね」

そういえば、何故あのとき私は立ち止まるということをしなかったのだろう。たまたま後車がいないとことで、彼女がたらたらクルマを走らせることができたからといえばそれまでなのだけれど。

お互いがくすりと笑い場が和んだ。彼女が「この近所に住んでいるの。また会いましょう」と言い残してクルマで去って行った。多分結婚式まで会うことはないのだと予感した。




バンで迎えに来てくれたマイリーとキキ




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