9/09/2014

恋はハワイの風に乗って 5


「あら、素敵な色のドレスね!」
「ありがとう。これね、ビンテージのムームーなのよ。私の96歳のホスピス患者のものなの。ハワイに行くって言ったら、これをくれたのよ。だから、早速着て写真を撮るのが私の宿題なの」
「それなら私が今撮ってあげるわよ」

ランドロードのテスがそう言ったので、家のエントランスで写真を撮ってもらってからバス停へ向かった。その写真撮影のほんの数分の間に、既に2カ所蚊に刺されていたのでチッと思った。

このカハラハウスで、こんなに蚊に悩まされるとは想像もしていなかった。部屋では小さく折った蚊取り線香をキャンドルに突き刺して頻繁に焚き続けていたけれど、部屋を一歩出たらあっという間に蚊に襲われる。私が人よりも刺されやすい体質であるのは知っているけれど、テスだって家ではなるべく長袖のシャツやパンツを着るようにしているのだと後で知った。シャワーを浴びてバスルームでグルーミングをしている間でも蚊に刺され続ける。だから、細切れに蚊取り線香を焚いていたし、朝起きて一番最初にすることが全身に防虫スプレーを吹き付けることだった。これは汗をかいた肌に加えてさらに気持ちの悪いもので、日焼け止めもかなりこまめに塗っていたから年がら年中べとべとの身体という感覚だった。さらりと乾いたカリフォルニアからの私には、これは結構キツいと思った。




三日目の今日は、バスでワイキキに出てみることにした。ロイヤルハワイアンセンターでは無料のレッスンを提供している。その中でレイを作るクラスとフラのレッスンには興味があるので、今日この二つを取ってみようと思った。

ロイヤルハワイアンセンターは思ったよりも広く、そのクラスの場所を探し当てているうちに時間が来てしまい、着いたときにはすでに定員で席が埋まってしまっていたというアウトな状態だった。「そんなのあまり取る人いないんじゃないかしらなんて勝手に思っていたけれど結構人気なのね」と、さほどがっかりはしなかったけれど、次のフラの無料レッスンまでには間がある。ショッピングにはまったく興味がなかったのでちょっと途方に暮れたけれど、インフォメーションに不動産情報誌があったのでそれを拾い、どこかでゆっくりと読みたいと思った。

「俺、ハワイ年に2、3回行くよ。いつも泊まるのロイヤルハワイアン」

先日久々に会ったゲイ友とハワイの話になって、彼がそう告げたので場所を確認してみようと、ランドマークのピンクの建物を目指した。

ロビーを通り過ぎてビーチまで出てみたけれど、その混み具合に仰天した。とにかく人が多く、波間には凄い数の浮き輪が浮いている。昨日のカハラビーチとはまったく雰囲気が違ったので、思わず唖然として退いたくらいだ。

ビーチに向いたホテルのテラスのソファが贅沢にもがらんと空いていたのでそこに座ってみたら、青い空と芝生の間に並んだピンクのパラソルがとても可愛らしく視界に広がって嬉しかった。ここからだとビーチの混雑が見えない。通り抜けができないせいか、行き来する人もほとんどなく、静かな時間をそこで過ごすことができた。

昨日チャーが話していた、kokoako地区の高層コンドミニアム計画のことがその不動産情報誌に詳しく説明されていた。たとえ物件そのものを購入できたとしても、月々のアソシエイションフィーが家賃並みに高いから無理と彼が目をまわしていたけれど、彼が語る交通事情や不動産の現実を知ってみるとあまりホノルルに魅力を感じられなかった。




フラのレッスンには遅れないようにと早めに会場に出向いてみたけれど、その時間になったら隙間もないほどに人が集まってきた。白髪のまとめ髪のふくよかなハワイアンのフラの先生は、それは力強い美しい瞳をしていた。彼女の笑顔はそれは美しかったけれど、その短いレッスンの合間にちらりとみせた険しい表情で、とても厳しい先生なのだということが伺えるようだった。参加者は日本人と白人の観光客で占められていたけれど、日本人の参加者の殆どが『私はフラを習っています』という雰囲気に満ちていた

短いレッスンだったけれどとても楽しめた。ダンカンダンスに通じるものも少しあると思う。この揺れと柔らかくなだらかな腕の動きは、日本人女性特有の和のエレガントさに沿うのだ。

実際ホノルルにあるフラ教室を検索していたときに、意外とないことに驚かされていた。日本での教室はそれは沢山でてくるというのに。ハワイ現地でそんなにないというのは、日本で日本舞踊のお教室がそうあちこちにあるわけではないというのに近いのかなと勝手に想像する。それはまるで、アルゼンチンはブエノスアイレスで、タンゴシューズの店がそう沢山あるわけではなかった驚きと似ていた。




空腹感を覚えたので、直ぐそこにあるフードコートで食事をした。期待もしていなかったけれど美味しいとも思わなかった。ショッピングセンターやメインストリートにあるファッションブランドもカリフォルニアと変わらぬそれだったので、覗こうという気にもならない。途中、ジャンクな土産物屋の露天が並ぶストリートを発見して流してみたけれど、バンコクの歩道に続くそれを思い出してちょっと興奮した。暫くぶらぶらしてワイキキビーチでサンセットでも拝もうかしらとか思いながら行ってみたけれど、またそこでの混雑にうんざりした。

ふと横を見たら、ワイキキのスピリチュアルスポットと呼ばれる『魔法石』の柵があり、人々が写真を撮っていたりしたけれど、あえてそれに近づかなかった。一日の終わりに近いその時間では、かえって邪念が渦巻いているかもしれず、それは明治神宮の『清正井』にある逆効果と同じかもと思えたのだ。このヒーリングストーンの純粋な力を感じたいのだったら、早朝の日の出直後が良いのだということを見聞きしている。

座ってほんやりしていたら、どこか焦った日本人のおばさんにフラのレッスンはここかと聞かれた。先ほどもうそれは終ってるけれど、と応えたら、それではないのだと言う。どうやら他の集まりがあるらしかった。

観光客が浮かれている。家族連れ、恋人同士、友人同士、みんなが異常に楽しそうで、一人のハワイは全く楽しくないよ? かえって孤独感が募った。その感覚にどこか懐かしい感じさえ覚えるので、妙だなと思ったら、東京にステイしているときの人混みの感覚のそれだと気づいた。

「やばい、落ちてる」

そう思って、早々に部屋に戻ることにした。バスの中でチャーに弱音を吐くテキストを送りそうになって思わず手を止めた。彼にすがろうとしている自分に気づく。そういえば、彼の返信はいつでもどこか先生みたいな感じで、私は褒められている子供のような感覚にもなる。それにどこか反発を感じ始めている自分をも意識した。

I am not ready for a relationship yet なんだな、と思った。『にこにこ離婚』とか笑っていたけれど、深層心理ではかなり不安定な自分なのだ。




サンセットに間に合うかも、と思い、テスに彼女のゴールデンリトリーバーの2匹を散歩させていいかと尋ねた。そんな宿泊客はいなかったようなので、テスはとても喜んでいた。人気のないカハラの住宅地を2匹の犬達とビーチに向けて歩く。その瞬間気持ちが嘘のように安定した。ワイキキはダメだった。



ホスピス患者から貰ったムームー
ロイヤルハワイアンのビーチをソファから遠目に眺める





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