9/28/2014

恋はハワイの風に乗って 16


その夜『はんこ』が差し入れを持ってホテルに現れた。日本から到着した家族との外食の帰り道にTo Goにしたものを私たちに持って来てくれたのだ。彼女とは初日に会って以来だった。あの時とは服装も違うし雰囲気がカジュアルに変わっていて、おかま君を含めたLINEでずっとアホな会話を交していたそのイメージだった。

「あ〜、おまこちゃん!やっと会えた〜。なんか顔が違うよ?とっても元気そう!」

初日に暗いイメージを残してしまった私なので、元気に一人でちゃんとやってるのを知らせるのもあり、ダイヤモンドヘッドからの写真やそれからのアクティビティの経過を知らせ続けていた。

中身がないアホな語呂合わせのエロ会話がぽんぽこ続き、その中でどうにかまじめな結婚式の情報をやっと聞き出した感じだった。おかま君に尋ねても「わからないわ」「あんたが考えてよ」「させこ、知らない」「どうにかなるわよ」の言葉が続くだけで、おかま君と計画を立てるというのは、というか会話を成立させるのは至難の業なのだった。

私はあまり酒が飲めない。そう伝えるとみな一様に「え?」という反応を示す。酒豪のような印象があるらしい。

「飲まないのよ。いつもシラフでさせこと遊んでるのよ」

そう告げると、みな驚愕の表情を見せ、私を心から尊敬するのだった。

夜中近くになって早々にお開きにすることにした。翌日はカハラのお屋敷での身内の宗教儀式の結婚式がある。はんこはタクシーで帰るつもりでいたのだけれど、私がSmartでカハラハウスに帰るので送って行くことにした。




クルマに乗って私たちの会話が始まった時点で、はんこの口調が変わった。

「あぁ、おまこちゃんが楽しそうにしていてよかった。前回会ったあの時、本当にごめんなさいね。私も凄く落ちてたの」

そう彼女が言い訳をした。あの日、結婚式の打ち合わせにアラモアナに出かけ、一度ミーティングを中断して私に会いに来て、それから再度ミーティングに戻ったということだった。それを聞いた私も再度申し訳ない気持ちになった。

「心の準備が出来ていないのに、式のことだけがどんどん進んでしまって、もう落ちる一方なの。一週間前から本当に耐えられなくなって、彼と一緒に眠ることもできなくなってしまったの。止めようかどうしようか彼と喧嘩ばかりしていて、やっとどうにか仲直りしたのが昨日のことなのよ…」

彼女と花婿は2年前に出会い、この半年程前から男の家に一緒に住むようになった。それ以前の彼女は毎月ハワイと日本を行き来するスーパービジネスウーマンだったという。しかし、あまりにも忙しくデートの時間をとるのもままならなかったので、男の望みで仕事を辞めることになった。小柄でとても若く見える37歳。子供を産むことなどを考えたら、そろそろ年貢の収め時というところか。

おかま君に紹介され、私がまだサンフランシスコにいた頃からそんな内容をぽつぽつとLINEで語っていた彼女だった。この結婚に踏み切るのには人生の節目の相当な覚悟があったのだと思う。それが結婚式を間近にして「本当にそれでいいのか」という疑問に襲われて苦しくなったのだろう。

自分の家系に離婚をする人が多いこと、自分でビジネスをして人生をコントロールしていたのが、専業主婦になることでそれを失うこと、国際結婚の難しさ、医者という男のエゴに対立する自分、変化の不安から逃れることができない。

「彼を愛しているからこそ、今のうちに止めておいたほうが良いのかも。きっと、私たちはお互いを傷つけ合ってしまうわ」

そう言って彼女が泣き出した。私はバッグからティッシュを取り出し彼女に渡す。そして、どうにか慰めの言葉を探し出そうとするのだが「だって、おまこちゃんだって離婚してるじゃない!」と言われれば、なんの説得力もないところなのだ。結婚前夜にこんなにも不安になるものかと驚いたけれど、映画でバージンロードに出る前の花嫁がビビって泣くシーンをよく視るので、きっとこれが『マリッジブルー』というものなのだろうなと感心するくらいだった。やがてはんこは自分の思いを絞り出すように語り大きく泣き崩れた。クルマの中で思わず彼女を抱き寄せ深く抱きしめる。

「そう、じゃぁ、思い切って勇気を出してやめちゃおう。うん、そうしよう!」

何をいってもダメなので、私もヤケになってそう言い放てば、声を失い呆然と宙を見つめるはんこ。闇の中の沈黙が重い。そして彼女は力なく首を振る。

「ダメよ… ダメだわ… そんなことできない」
「じゃぁ、もう進むっきゃないんでしょう。後はハンドルの仕方次第よ。思いっきりビッチな嫁にでもなることね。『結婚してしまえばこっちのもんよ、Hah!』くらい言ってのけて喧嘩し続ければいいんだわ」

少しはんこが笑った。

「ねぇ、これからはんこちゃんは、はんこちゃん夫婦の間に何が起ころうと『いいわね、羨ましいわ、よく仕留めたわね』っていう羨望と嫉妬を人から受けて生きて行くことになるわ。でも、このお屋敷があなたにとって『城』になるのか、それとも『牢獄』になるのかは、はんこちゃんの考え方、世界の見方ひとつなのよ

カハラの高級住宅地の屋敷を眺めて私がそう語る。どこか自身の過去を重ねている自分がいた。

「人生は一瞬一瞬が選択の連続で、その決断は誰に強いられるものではないのよ。どれだけ家族親戚の手前を理由にして結婚式を続行させるにしても、それを選んだのははんこちゃんなの。自分よりも周りの人の気持ちを優先させたいと選択する『あなたの決断』なのよ。わかるでしょ?そして、人生には『展開』があって、また次なる決断を下すチャンスは無数にあるの。これはひとつの通過地点に過ぎないのよ」

そこまで言ったら、彼女も少し気が楽になったみたいだった。




翌日、お洒落をしてシャネルのバッグぶらさげカハラの住宅地を歩いていたら、通りかかったクルマが横付けして運転手が話しかけてきた。近所に住んでいる人らしいけれど、沢山のクルマが路駐されているので何が起こっているのか知りたがっていた。

はんこの家に着いたら玄関口に無数の靴やサンダルが散らばっていた。そして、そこでちょうどおかま君と日本から到着した『やりこ』と『薔薇』さんに再会した。やりこの5歳の息子とは初対面だから、もう6年以上会っていなかったことになる。屋敷の中は宗教儀式の為に派手に飾られていて、何人かの僧侶も床に座っていた。はんこは美しくも意外とシンプルな花嫁衣装を身に着けていた。古い友人と再会するその笑顔は、夕べの陰の微塵もない。花婿は思ったよりも若々しいハンサムな男だった。キッチンアイランドには沢山のごちそうが盛られ、その先の部屋には身内の招待客が所狭しと床に座り食事をしていた。私たちも皿に料理を取りリビングのコーナーの空間に身を収めた。

やりこは10年以上も前にサンフランシスコで粋なヘアスタイリストだったけれど、今ではすっかり大阪のお母さんに進化していた。やりこは自他共に認める『さげまん』で、昔から彼女の男の問題を何度か相談されていたけれど、去年おかま君からとうとう離婚したのだと聞いた時には驚いた。彼女の離婚の決心が私に少なからずの影響を与えたのもあると思う。彼女の息子はまったくシャイじゃない愛らしい少年で、私は一瞬にして彼の虜になった。どんなに辛いことがあろうと、こんなスィートな息子がいたなら、母は強く逞しく生きて行けるだろう。




招待客がランチを済ませたところで、いよいよ結婚式が始まった。僧侶たちの読経のリズムは心地よく、合間の儀式の運びはとても興味深かった。やがて、更にこみ入った伝統的な部分になると戸惑いがあり、ババアたちがしゃしゃりでてきて大騒ぎになる。日本の葬儀や祭りのシーンが被る。そういうのを目にするのは微笑ましかった。日本からはんこの家族と友人たちがやって来てはいたけれど、ほとんどは花婿側の親戚連中らだ。地元オアフで生まれ育った花婿と家族、親戚はみなホノルル在住らしい。はんこはこれからこの人々の一員として干渉を受けて生きて行くことになる。あれだけビビったとしても不思議ではない。

結婚の儀式もとどこおりなく過ぎ、ババアたちのキッチンの片付けの合間にデザートを盗み食いしていたら、おげげの『ぬりこ』が大騒ぎしてやってきた。サンフランシスコからホノルル空港に着き、タクシーを飛ばしてまっすぐやってきた割には、みごとに式を逃しているダサさだ。それでもスーツを着込み、グッチのボストンバッグで旅行する社会人らしい出で立ちが粋だけれど。

「あんまり腹減ったから空港で食べてたら遅刻しちゃったわ。でもまだ食べられるわ」

そういって、残りの料理を凄い勢いで食べていた。はんこはぬりこに会えた喜びで異常に興奮している。本当に仲良しのようだった。




おかま君は友人のひとりひとりに即興であだ名をつける。彼自身を『させこ』と呼び、私は『おまこ』そして『やりこ』に『ぬりこ』。酷いところでは『フェラこ』とか『あそこ』とか命名された女子たちもいる。おかま君の中学生の時の同級生の超真面目で言葉少ない超地味な男は『薔薇』と呼ばれていた。私は薔薇さんに2年前に会っている。彼が離婚の傷心旅行でサンフランシスコにやってきたときに紹介されたのだ。好きな女がいるというので、おかま君に頼まれて行動を促す説教部屋を薔薇に施したけれど、結局は何も実行しない彼のままだった。

ホテルにどうやって戻ろうと彼らが騒いでるので、私が近所にワイキキ行きのバス停があるから案内すると先頭を切って歩き出した。カハラの閑静な住宅街を、幼児を含めたゲテモノ集団がなにやら騒ぎながら歩いている。それが何だかくすぐったいくらいに可笑しかった。

薔薇さんの力で何故か部屋がアシュトンワイキキサンセットのペントハウスにアップグレードされたようだ。

「今晩はバチェラレットパーティよ!おまこ、8時に来るのよ!」

おかま君がそう叫んで、バス停の横でバンのタクシーを見事に拾い、友人達が姿を消して行った。突然のシャワーが襲う中、私ひとり濡れてカハラハウスに戻った。




9/26/2014

恋はハワイの風に乗って 15


「もう、日本の『お土産文化』いいかげんなくなって欲しいわ」

そう海外旅行に来て酷く悩んでいた友人がいたけれど、ようちゃんも例にもれずに世話になっている人へのお土産を考えながら、ひたすらビーチでクーポン雑誌のページをめくっていた。

陽も落ちてこざっぱりとした頃、私たちはワイキキ中心部へ歩き出す。ようちゃんが行きたいというブティックをめざした。

彼女が友人へのお土産をうんうん唸って吟味している間、私はそのブティックの日本人女性店員に心惹かれた。日焼けした肌がとても美しい魅力ある女性で、私の好きなタイプであることは事実だった。『私の中の親父』が顔を出し、ついつい彼女に話しかけてしまう。

「綺麗に焼けていますね〜。もうどのくらいハワイ住んでるんですか?」
「シミを隠す為にさらに焼くという感じですよ。6年です」
「そうですか〜。いや〜、本当に綺麗〜」

そう、最初は普通に受け答えをしてくれた彼女だったのだけれど、私が必用以上にでれでれした顔で彼女に見入ってしまったせいか、途中で露骨に嫌な顔をして「どうしたんですか?(-"-;)」と突き放すように言い切り、突然私の心が折れた。

「?」

しゅんとした私にやっさんが注意を払ったけれど「嫌がられた。多分レズビアンのおばさんと間違えられたんだと思う。(´・ω・`)」と言い、もう一度彼女を振り返ってみたら、必死で顔を合わせないようにしている感じだった。

結局ようちゃんは買おうとしたドレスを支払おうとしてクレジットカードを忘れていたというダサイこともしたし、私たちはウエルカムでない客として店を出た。

「露骨に嫌な顔して『どうしたんですか?』はないと思わない?」

そうぶつぶつ言い続ける私に「あんた、根に持ってるわね」とおかま君が笑う。それからようちゃんに連れられてTシャツ屋を目指した。

あいかわらず決断力のない彼女だったし、私もTシャツにまったく興味もなかったので、どうでもいいような感じでアクセサリーなどを眺めていたけれど、「やっぱりいいや」という彼女に従って私たちは店を出た。

「やっぱりこういう店の人って、ばっと何枚も大量に買うお客が好きなのよね〜」

そう、どことなくしゅんとした感じでようちゃんが言う。最初はいろいろと彼女にアドバイスしていた日本人男性のオーナーが、私たちが出がけに  (・д・) チッ っというような表情をしたのを見逃さなかった。彼の態度でちょっと傷ついたみたいだった。




「なんだか、ワイキキの日本人店員ってやたら気ぃ短いと思わない? 昨日のブティックの彼女だって、いくらなんでもお客に喧嘩売るってないと思う」

そう、ようちゃんが言い、そういえば、と私も思い出した。

昨日、ランチの韓国レストランからの帰り道に『閉店セール』のポスターに釣られて入ったブティックのことだった。

NYファッションのような、あまりハワイらしからぬその服をさらりと流し、レジにあった革製品の財布をみつけておかま君に勧めたときのことだった。強盗にあって財布をなくした後だったから、リーズナブルな値段のそれにおかま君が買う気満々だったけれど、オーナーの日本人女性にまけてくれるようおかままるだしで絡んでいた。

「NYからやってきたけれど、服はダメですね。やっぱりハワイでビジネスやるんだったら不動産ですね〜」

そう、世間話をした後に「いやぁ、もうこれがギリギリなんです。儲けなんてないんですよ」とおかま君のプッシュに困った顔をしていたけれど、「そこをなんとかするのがイイヲンナってもんよ!」なんていうおかまのノリに Σ(-_-+)ピキッ ときたみたいだった。

「いーかげんにしないと本気でキレますよ…」

そう、彼女が言ったときに「?」と思った。大阪人だったら、まだまだ触りのノリの会話のところなのにもう切れるんかい?と私たちは一瞬おののいた。

「ま〜、解るわよ。アタシも客商売やってるから、シツコイ客も疲れるわよね」

冗談が通じない相手の反応にむっとしたおかま君がそう返した瞬間、「だったら!!!」とレジの女性が声を荒げ、そしてその後に続く言葉をどうにか呑み込んだ、という感じだったのだ。

「ひ〜… ( ̄_ ̄ i)」っと思い、そそくさと店を出て来たけれど、おかま君は酷く気を損ねた感じだった。何処に行っても独特のおかまのノリで友人関係を広げて行く彼だし、そんなに酷い絡みではなかったのだけれど、本当にビッチな店員だったのだ。




僅か二日の間にこういう目に3回も合うってどうよ?って思う。確かに私たちはゲテモノグループだけれど常識はずれなことをしてる訳ではない。ハワイに暮らしている人はきっとのんびりしてるんだろうなぁと思っていたけれど、ベイエリアの方が遥かにのんびりしてる感じがする

そんな疑問は数日後、ハワイ在住10年という女性と会話したところで解明される。

「そう、そんなめにあったの〜。そうね〜、この島で働いてる日本人って本当に観光客に疲れてるからね〜

そう説明した彼女は今ではアメリカ人の旦那さんと結婚しているからそうでもなくなったけれど、独身で日本人同士で寄り集まった時にはもう愚痴のこぼし合いしかしてないような状態だったそうだ。とにかくそれは恐ろしい数の日本人観光客がこの島に押し寄せる。それも外国に慣れていない依存心の強いタイプの人が多く、そういう客の相手にうんざりしている人が多いのだと。みんなが憧れるハワイに住んでいても、物価が高いから長い時間働かなくてはいけないし、その美しい楽しい島の恩恵に預かれる時間もないことからストレスも溜まる。そして『自分はこの島に住んでいるのだ』という観光客と自分を分ける特別意識があることも態度に出ているのだと。

そういえば、友人の姐御から紹介されていたハワイ在住の女性とアポイントがなかなか取れず、テキストのやりとりでのランチの誘いに「ごめんなさい、無理です!」と直球で返って来たことに驚かされ、更に「では夕食の機会は?」との誘いはスルーされていた私だった。そのことを告げると「特にね〜、不動産の人はクライアントが島に滞在中は、もう何を言われてもず〜っと奴隷のようにかしずいていて、自分の時間なんてない状態だから…」と彼女が苦笑いした。

もちろん私自身が彼女のクライアントだったらそのようなことはないだろうが、たかだか自分の後輩だからという理由で一方的に知り合いに会ってあげろと紹介する姐御の方にも無理があるとは思う。私だって、紹介された以上は姐御の顔を立てる為にもお誘いを入れておかないといけないという気にさせられるからお互いプレッシャーものだし。

「もう無理して予定を立てるのはやめましょう。結局はご縁がなかったということですよね。」

そう私が告げて、向こうも恐縮していたけれど、なんだか可哀想な気がした。私だって、いきなり知らない人がサンフランシスコに来るから案内してあげてと言われて面食らった経験は数えるほどある。海外在住の日本人なら誰もが経験していることだと思う。




もうすっかり記憶から飛んでいた事実だけれど、20代の後半の頃、とあるフランスの会社のバカンス村で日本人相手のPRとして働いていたことを思い出した。あの時、本当に毎日疲れていて、後ろから客に「すみませ〜ん」なんて声をかけられたときには、同様に Σ(-_-+)ピキッ  っときて、肩で大きく息を吸い込んでから思いっきりの作り笑いで振り返ったものだ。

バケーションの土地で仕事するって本当に大変なのよ。



9/23/2014

恋はハワイの風に乗って 14


どうせおかま君たちの行動は遅いだろうと見込み、翌朝はチャーとのチャットの後、顔をさっと洗っただけで彼の部屋に向かった。さすがに手持ちの服が汗臭くなってきたので、大半を大きなバッグに詰めて彼のところで洗濯をさせてもらうことにしたのだ。洗濯機を回している間、風呂につかりリラックスした。

さすがに3回目ともなるとチャーも慣れたのか、ちょっと一緒に湯船につかっただけで「好きなだけ楽しむといいさ」とバスルームを離れたけれど、身体に剃刀を当てなかった今日は、彼と身体を重ねただけでチクチクとして不快感があった。それは私の陰毛も同様のこと。一度剃ると剃り続けなければいけないだろうに、この中途半端な状態の不快感をどうしたらよいものだろう。そうは思っていたけれど、特に言葉にはしなかった。

そして彼のアパートを去る際にはガラージまで一緒に降りて来てくれる彼だけれど、過去2回は私のクルマが見えなくなるまでそこで見送ってくれた彼なのに、今回は「じゃぁね」と言って私がエンジンを発進させた時点でくるりときびすを返していた。「結局、慣れってそういうことかもしれない」とワイキキに向かうクルマの中で思った。




やっさんの携帯に電話をしたらおかま君が出た。ワイキキビーチに出てる彼らと合流したのは昼も回った頃だった。お互いを見つけてビーチに出たら、椰子の木陰にタオルを敷いた手頃な場所に、水着姿のようちゃんを見つけた。細身にスポーティなビキニがよく似合っていた。ワイキキビーチも一番端のその場所は、ロイヤルハワイアンのビーチで目にしたような混雑はなく、カハラビーチのような洗練された感じもなかったけれど、程よく活気のあるナイスな雰囲気だった。

「やっさんは?」
「泳いでる」
「あなた、水着買わなかったの?」
「いいのよ。アタシ、日焼けしたくないし」

そう言って、おかま君はワイキキにいるというのに、普段着のまま日陰に座っているだけだった。

「ねぇねぇ、これ見て〜。やっさん、溺れた人」

そう言って見せてくれた画像は、ビーチに仰向けに横たわるやっさんの姿なのだけれど、何故かしらご臨終に見えて笑った。

「念入りに体中にサンスクリーン塗らせて『ありがとうございます』って言って、それからとっとと海に入ってっちゃったのよ。良く解んないわ」

そう言ってようちゃんが笑う。

「私も海に入って来ようかな」

おかま君を一人にしておくのが可哀想だと思ったのか、私が来て安心したようちゃんも海の中に入って行った。私はおかま君と周りの人間観察をしながら、あれこれ言って笑っていたけれど、ビーチパークの芝生の上、椰子の木に背を預ける若い金髪青年を見つけたおかま君が注意を促した。年頃的には真面目な大学生といった感じだ。

「あれ、おまこの好みでしょ。子犬タイプよね」
「ふ〜ん、ま、ね。若過ぎるわ」

そう切り捨てるように言い、あまり気にすることもなかったけれど、暫くしたら「きゃっ!」と小さくおかま君が叫んだ。

「何?」
「あの、おまこの子犬タイプのカリを見ちゃったわ!」
「はぁ?」
「やだ〜、マスかいてる?」
「まさか!」

そうおかま君が言うので視線を彼にまっすぐに向けてみる。私はビーチタオルの上に腹這いだし、少し高くなっている芝生からは距離もあるし、大きなサングラスをかけているので、私が不躾な視線を向けたとしても解らない。よくよく観察してみると、確かに私も青年のそれを目にしたのだった。

青年は椰子の木に寄りかかり、右手に持ったスマホに視線を当てている感じだけれど、それがフリなのか、それともエロサイトを見ているのかは不明だ。彼の左手は何気に太腿の上に休ませているけれど、ばふんと大きく開いたショーツの間からは、確かに先っちょがお目見えして、さり気に指先でそれに愛撫を与えている。

「わぁ〜、どうしておまこといるとエロ事件に遭遇するかしらね〜。でたわ〜、おまこのエロテロリスト引き寄せ!なんなのこの確率!」

昔からおかまくんと夜遊びに出かけると珍エロ事件に遭遇することが多かったけれど、またしてもこのワイキキにてそのような場面に遭遇するとは。

「公衆でするドキドキ感を味わってるのかしら。人って見かけでは解らないものね」

そう呆れて視線を他に移したけれど、他の話題に花咲いているうちに、ふと気づいたらその青年は姿を消していた。

やっさんやようちゃんにおかま君が嬉しそうにその珍事件を話し、やがて私たちはホテルに戻った。嬉しそうにようちゃんがビールを開け、私たちは交代でシャワーを浴びながら、TVでやっていた『Sex and the City』を視た。凄く古いエピソードで懐かしかった。ファッションが時代を語っている。あまりにも延々とやっているので不思議に思ったら、なんでもマラソン番組のようだった。

ハワイの暑い午後、ワイキキのホテルでまったりとビールを飲みながら友人達と『Sex and the City』を視る。それだけの事が究極的に楽しく幸せだった。





やっさんとのツーショットはいつも『まるで夫婦』



9/21/2014

恋はハワイの風に乗って 13


「ところで、デートした男、どうだったのよ?」
「それがね、悪くないのよ」
「もう、やったの?」
「やったわ」
「さすがね。最初のデートで?」
「ううん、確か4回目のデートのとき」
「もうそんなにデートしたの?!今回はどうしちゃったのよ? で、よかったの?」
「デカマラで入らなかったわ。閉じマンで無理したから切れたわ」
「切れマンね。キレマンジャロね

そんな話をおかま君としているうちに『やっさん』が『ようちゃん』と共にアラモアナに現れた。普段サンフランシスコで遊んでいる相手が、いきなりハワイの地に現れるというのも不思議な感じがする。やっさんはこざっぱりと夏の出で立ちで可愛いおっさんだった。60過ぎには見えない。

「や〜ん、お久しぶり〜」

やっさんの連れのようちゃんとは確か10年前に一度顔を合わせているけど、もう顔は忘れていた。でも、やっさんからよく彼女の名前だけは聞こえてきていたので、何となく知っている感じはする。ようちゃんの反応も多分にそんな感じに見える。昔サンフランシスコに住んでいたという繋がりらしく、10年前のそのときも、旅行中でありながらあの頃私が借りていたアートスタジオのペンキ塗りをやっさんと共に手伝ってくれた、という奇特な女性だけれど、話らしい話をした記憶はない。確か私より10歳は年下だと思う。

ようちゃんの要望に従ってアラモアナでの最初の行動はビーチサンダルのショッピングだった。数件ショップを流し、ようちゃんはおかま君にもビーサンを買ってあげていた。

おかま君はそんな事件があって着の身着のままでハワイにやってきたというのにもかかわらず、いつもとまったく変わることなく、リズミカルな下ネタを連発していた。

「あなた、そんな事件があったなんて信じられないノリね」
「だって、どうしろというのよ? そんなことあったからって家で泣いてりゃいっていうの? アタシはね、それでも来よう、って思ったの。来た以上はもう楽しまなきゃ損よ!」

そう言い切ったおかま君の言葉は衝撃的であり、と同時にとてつもない尊敬の念を抱かされた。果たして私が彼の立場だったら、同じような選択ができるだろうか?

アラモアナショッピングセンターをざっと流し、それからそこから数ブロック歩いたところにあるようちゃんの同僚のお勧めとやらの韓国レストランにて美味しい冷麺を食した。店は空いていたけれど、お店の人の雰囲気はよかった。湿気のある夏の気候にぴったりの食事だった。




その後、二人しか乗れないSmartにやっさんが乗り、おかま君とようちゃんはバスでホテルに戻った。やっさんがフロントにてパーキングチケットを見せ、彼らが滞在している期間中のパーキング許可証をゲットしてくれた。チャーからワイキキのパーキングは高いと聞いていたし、実際Smartを借りた場所のパーキングのレートも最初の30分で9ドルとあったので、今後おかま君との行動中、どれだけのパーキング代を使うハメになるのかと懸念していたところ、何とも嬉しい発見だった。やっぱり私は『男とパーキング運はいい』のだと認識した瞬間だった。

ストリップの端に存在する『Aston Waikiki Sunset』はキッチンがあるコンドミニアムホテルだけれど、なかなか快適な空間だ。バスルームもリモデリングされ明るくて清潔な印象がある。後日に聞いた話では、誰かがうっかりシャワーカーテンをバスタブの外に出したままシャワーを浴びてしまい床を濡らしてしまったら、階下で水漏れがあったと苦情が出たらしい。そんなところからもワイキキ高層ビルの老朽化の実体を知ることができる。見た目だけでは解らない、ということだ。

キッチンテーブルの上には、やっさんたちが既に近くのコンビニで購入して来たおにぎりやら味噌ラーメンやらがあって笑った。ようちゃんがスーツケースに詰めて来たおつまみも積み重なっていて、もう既に『日本』を感じることができる。ここ一週間以上、一人で、またはチャーと一緒に過ごしていたハワイの色が突然変わったようだった。




夕食は、おかま君がハワイに行く前から大騒ぎしていた『とんかつ銀座梅林』に出向いた。予約をしていったにも関わらず外でしばし待つ形になり、そこに出迎えのクルマが来ていることから、やっぱり近くに駐車場を見つけるのはむずかしいのだろなぁ、と思いながら出入りする客を眺めていた。

「夜の分払ってくれればいいわよ」って、おかま君が昼の韓国レストランで私の分を出していたけれど、ディナーで彼は迷うことなく36ドルの特上の定食を頼んでいた。「やられたわ」ってジョークでかわしたけれど、2500ドルを強盗に盗られた後の彼だし、と思い、自分はクリームコロッケ定食を頼みとんかつを彼から貰った。あんなに分厚いのに口の中で溶けるような肉とさくさく衣のとんかつを口にしたのは生まれて初めてで、その値段を払うだけの価値はあると思わされた。日本に帰ることなくして、これを賞味できるというのも、やっぱりオアフ滞在の強みかもしれない。

昼と夜。4人で楽しい会食ができたわけだけれど、『美味しい』を気の置けない仲間とシェアできるのは、こんなにも幸せなのだ、とカハラハウスに戻るクルマの中でしみじみと思った。






ばかウマだった韓国冷麺

とんかつ銀座梅林の定食




9/20/2014

恋はハワイの風に乗って 12


ハワイに出かける少し前から、バスルームの引き出しを開ける度に目についた『それ』は『Replens』だった。2本目の3分の1程残っているそれを目にし、言葉にならない葛藤が脳裏にあったようだけれど、私のエゴがそれを打ち消していた。ハワイでそんな機会が起こるとは思えなかった。そして、自身の意思でチャーとの性的相性を知りたいと思ったのに、自分が受け入れられる体勢ではなく、それでも無理をしたためかなりの辛い思いをしたのは本当に思ってもいないことだった。

私の膣が正常に戻れば果たして彼自身を受け入れられるのか。チャーが潤滑剤を使用して、それに不快な刺激を感じて風呂で自分の指を使って内側を洗い流そうとしても、異常に固い膣の壁に驚いた。押し広げようにも私の知っている以前のそこの感触と全く違っていた。そしてこのまま、過去の『大き過ぎた男』のようにまったく楽しめず関係の自然消滅を迎えてしまうのかは、実際何度かのトライを試してみない限りは解らないことだ。

少し沈んだ気持ちで、私は夫との結婚生活、そしてそれに伴った過去の男性関係などを素直に打ち明けた。チャーは自分の過去は話したけれど、私に何も訪ねようとはしなかったので、今が良いチャンスなのではないかと思えたのだ。彼はどう思おうとそれを批判的に捉える人ではない。「シェアしてくれてありがとう」とだけ言い、今晩はもう泊まっていったらどうだと提案してくれたけれど、私はその気にはなれなかった。




翌朝になって、自分は夕べ彼の家に泊まるべきだったのだ、と思った。

チャーに対する気持ちはだんだん膨らんで行く。新しい発見をする度に彼のことを好きになってゆく自分を意識した。でも、昼寝をしようとベッドに横になったとき、彼の腕の中で身体を硬直させ、私は一瞬ともまどろむことがなかった。長い間ひとりで眠る習慣がついていたし、今まで付き合った男で朝まで過ごしたのは子犬君しかいない。それも、ハルビンとシャスタの旅行だけで、ほんの数日だけの経験だ。子犬君はこっそりと静かに眠る子だと思っていたけれど、実際は彼もよく眠れていなかったらしい。初めて彼のイビキを耳にしたのは、年末にかなり酔っぱらって翌日の初日の出を拝みにいくのを拒否した、あの夜だけだった。

離婚もまだ成立していない私だけれど、一生ひとりで生きて行く自分ではないと漫然と思っている。でも、新しい男と生活するということは、寝食を共にすることであり、今現在のように別室で広いベッドで長々と手足を伸ばし、好きな時間に寝起きする生活ではないことは充分に承知のこと。それに慣れるまでにどれだけの時間がかかり、疲れることだろうと思うとちょっと気後れするような感じだ。

「私、どこでも眠れる。いちにっさん、で『ぐぅ』よ」

新しい彼の家に泊まっても平気、そうへろりと言ってのける健康的な女子を羨ましいと思うけれど、実際私にとったらそれは第一の大きな壁だと思う。チャーが凄いイビキかきだったらどうしよう。いや、それより、私自身が凄いイビキをかいているかも。口をあんぐりあけて眠っている顔を晒すって、結構勇気がいることだとも思う。ま、それができるということが、ただの『デート相手』から『リレイションシップ』にグレードアップすることだとも思うけれど。




朝一番のチャットでチャーにそう告げたら、彼は嬉しそうな反応を示した。夕べの彼の「君がハワイに住んだら、追い掛け回してあげるよ」アプローチが凄くて「やめて怖がらせないでよ!」ってちょっとおののいたものの、彼が私を相当に気に入っているのだと知ることは悪い気がしなかった。

9日目のハワイにして、今日はおかま君がサンフランシスコからやってくる。今までどおり一緒に過ごす時間はそうなくなるだろうとチャーに知らせてはいたけれど、この滞在中に一度は泊まりにいく機会を作るから、とそう彼に告げたときは、私はかなり本気だった。

予定時刻をかなり過ぎたころに、『やっさん』から電話が入った。確かおかま君と一緒のフライトでハワイに来ることになったとは聞いていた。とりあえず、この旅行に関してはまったくとして全てがぼやけている。私は早くからオアフ入りをするので、帰りの飛行機の時間だけをおかま君とどうにか合わせただけで、後は何がなんだかよく解らないでいた。

電話に出たらおかま君だったけれど、その声は酷く酔っぱらっているようだった。

「おまこ〜、アタシよ!あのね、アタシ、夕べ強盗に入られて何もないの!現金25万入りのスーツケース盗まれたの!何もないのよ!でも、来たわ!」

何が何だかさっぱり解らない。おかま君の行くとこ事件あり、なので「また何か起こったな」とだけは思ったけれど、とにかく全く状況を把握できないでいた。やっさんが電話口に変わる。

「あ〜、雅ちゃん? 私たち今着きましたから。いや〜、おかま君とね、飛行機ん中でかなり飲んじゃって。気の毒な事故が起きたんで私が奢ってあげてたんですよ。とりあえず、話は詳しく彼から聞いて下さい。今、お友達が彼をピックアップして行きましたから、また彼から連絡あると思います。私は『ようちゃん』が日本からのフライトで着くのを待ってから一緒にホテル入りしますから」

そうやっさんが説明してくれたけれど、やっぱり事情が掴めなかった。まんじりとしない時間を過ごしていると、今度は違ったナンバーから電話が入った。

「おまこ?アタシよ。『はんこ』が空港に迎えに来れなかったから、彼女の友達がピックしてくれたの。今彼女の家にいるんだけど、あんたと何処で会ったら良いの?」

それは私が聞きたいくらいだったけれど、その友人とやらも忙しい人のようなので、とりあえず、先日チャーと待ち合わせたアラモアナショッピングセンターのコーヒーショップを指定した。おかま君が電話口で相手にがなっている。相手もそれで了解したみたいだった。さくっとSmartを発進させてアラモアナを目指す。駐車場で少し迷ったけれど、それでも比較的楽に目的地に辿り着いた。『住むハワイ』という言葉が脳裏をよぎった。そして、待つこと暫くして、見知らぬカップルのクルマで送り届けられたおかま君と遠いハワイでの合流を果たしたのだった。




「一体何が起こったのよ?」
「アタシにも良く解らないの。でも、今朝出がけにスーツケースごと部屋からなくなっていたのよ。」

そうおかま君が説明したけれど、把握出来るまでに時間がかかった。

つまりこういうことだ。旅行の準備もすっかり出来ていた前日、おかま君は飲みにでかけた。そして酔っぱらって男を部屋に連れ込み、朝起きたらスーツケースごとどろんされたという。どういう状況だったのかと細かく質問しても「覚えていない」の一本やりだ。「そんなことはないだろう」と問いつめても「本当に覚えてないの」と言い切るだけ。日本からやってくるシングルマザーの友人の飛行機代を出してあげるから、ということで現金もいつになくしっかり用意しての不運だった。財布も取られているので、クレジットカードも銀行カードも持っていない。『はんこ』の友人が太っ腹にもぽんと現金500ドルを貸してくれたそうだ。

凄く痛い事件だけれど、おかま君はときどきそういうことをやっていた。「もう恋愛は諦めたわ」という口癖はあったけれど、こっそりとそういうオイシイ機会にありついていた。シングルゲイライフだから、特にそれがやばいこととも思っていなかったけれど、まさかそんなことに遭遇するとは、彼も私も想像したこともなかった。

「それってまるで『ルーフィー』しかけられた状態みたいだな」

後ほどチャーに話した時に、そう応えが返って来た。デートレイプドラッグとして知られている『Roofie』は、無臭、無味、無色のピルで、気づかれることなく簡単に飲み物に混入することができる。これを摂った者は30分程で動けなくなり、相手に逆らうことはできない。目も開けていられるし、意識はあるから何事が起こっているか観察することはできるけれど、翌日にはその記憶が飛んでいるというものだ。

そんな信じられない事件が起きたにもかかわらず、おかま君は小さなジムバックひとつ、着替えも水着もないままハワイにやってきた。どうして飛行機に乗れたのかという問いには期限切れの 運転免許証が身分証明になり、それでとりあえずやってきたということだった。



9/18/2014

更年期の性『枯れ』の実体


あれは確か10年近く前のことかもしれない。彼女は駐在員の嫁で、私より多分5歳以上は上だったと思う。当時私はばりばりのアート系だったし、その彼女とは『世界が違う人』であり「多分サンフランシスコだからこうやって知り合ったけれど、日本にいたら絶対にかかわり合いはなかったと思う」と冗談でもそう彼女は私に言ってのけたくらいだった。

「真剣に相談したいことがあるの。雅ちゃんくらいしか話せる相手がいない」

そう、その彼女が個人的に連絡を取ってきたときには何事かと思ったけれど、それはどうやら性的な相談のようだった。

彼女と旦那さんはセックスレスで、子供のために一緒に生活はしているけれど、大きなお屋敷で寝室も別にしている生活が長く続いていた。駐在員の嫁という立場でもあり離婚も現実的ではないにもかかわらず「そのうち離婚する」が彼女の口癖になっていた。ところが、ひょんなことからかなり年下の恋人ができ、じっくりと関係を温めたうえでいざ性交渉に臨んだ時に、彼女の膣が閉じていてまったくとしてそれが成りたたなかったというのだ。

「閉じてしまう訳はないでしょう?」
「本当に閉じてしまったの。長いこと使わなかったらそういうことになるのよ。びっくりして医者にもいったのよ」
「で?」
「医者は問題はない、って言っただけだったの」
「じゃ、問題じゃいんじゃない?」
「でも、本当に閉じているのよ!」

そう、彼女は言い張った。それで、その彼との関係を保つ為にも彼女が膣を広げる必用があり、ディルドーを買いたいのでそれに付き合って欲しいとのことだった。

サンフランシスコは本当にリベラルな街で、「まるでスマホのショールームですか?」というくらいのクリーンで明るいイメージのアダルトグッズショップが街のあちこちに点在している。『Good Vibration』というそこへ行ってみれば、店員は本当にごく普通のフレンドリーな人たちで、なんとなく居心地悪そうに入った客に優しく声をかけるし、レズビアンやヘテロのカップルが普通に楽しそうにディルドーを手にとって遊んでいたりする。そういうのを目にしていると、照れたり恥ずかしがったりしている方が不自然な感じがしてくる。

おかま君と遊んでいるときにそこを通りかかって、ふと店内を流したりしたことがあったので、彼女をそこに連れて行った。そして、時間をかけて彼女が吟味したのは、まるで指の細さくらいのペンシル珍子のディルドーと潤滑剤だった。そんな細いものが存在することに驚いた私だったけれど、彼女は袋に入れられたそれを実に愛しく胸に抱き「ありがとう、雅ちゃん。私、頑張るわ」と呟いたのだった。




そんな出来事もすっかり忘れていた去年の夏、私自身がそれを経験するとは思ってもいなかった。

子犬君が夏の間友人の農場でバイトをすると遠距離になったとき、多分それは一月半ほどごぶさたしていたと思う。ハルビンの温泉地で久々に落ち合い、懐かしい彼の身体を抱いた時に、それはかなり痛みを伴った辛いものになっていた。

子犬君と別れていた3年間に、たまにそんな機会に恵まれたときは『めりめり』という感じで押し開かれたときに痛みは伴っても、ゆっくりと時間をかければそれなりに楽になってその場を楽しむことはできた。しかし、その時のそれはまったく違った痛みだった。

とにかく入らない。さほど大きなそれを持っている訳でもない彼が「うわっ、きっつ!!」と驚いたくらいだった。

痛みを耐えていればそのうち楽になるものだと思っていた私は、とりあえず我慢し彼を受け入れたけれど、後ほどトイレに行った時に出血していることに気づいた。そして、その後の性交は苦痛を伴うものでしかなく、彼の為に我慢はしたけれど楽しいものではなかったので、子犬君も言葉にはださずしてもどこか白けた感じがあったのは事実だった。

その半年程前に私は閉経していた。その夏、ホットフラッシュが頻繁に起こり始めていたし、体調はかなり不安定で不快感も続いていた。

ドクターを訪れ、それを相談したときに勧められたのが『Replens』だった。処方箋はいらない。Amazonで購入することができる。レビューを読んでみると、問題解決になったと声を上げる人も多い反面、使用中に外に流れ出す、コテージチーズのようなおりものが気持ち悪い等の声がある。3日に一度チューブのクリームを付属しているアプリケーターで挿入する。

確かに時間が経つとクリームが流れ出して来て下着が汚れるので、私はタンポンを併用している。そして、レビューで読んだ『コテージチーズのようなもの』にも遭遇することになった。

ある日何気に、自身の膣の中を洗浄したいとの気持ちがあったので、風呂に湯をはって湯船に横になり膣口を広げて湯を中にいれ「ふんっ」とそれを放出してみた。膣の中のおりものが出て来て湯船の中に白い『コテージチーズのようなもの』がゆらゆらと漂い、それがゆっくりと開いた時にある種の驚愕を得た。それはまるで卵の殻についている薄い膜のようなものだったのだ。

それでこのクリームの効用が、膣内の壁の皮膚の『ピーリング』を行なっているのだということに気づいた次第だった。




女性の膣は更年期や出産、または抗癌剤の使用などでホルモンバランスを失い細胞の自然な潤いを失う。多分にそれは、新しいホースは柔軟性があるけれど、庭に放置して古くなったホースは乾燥して固くなり、無理な力を与えると亀裂を伴うのと同様なもの。肉だって、ジューシーな生肉は弾力性があるけれど、焼いた肉の表面は固く表面はひび割れるくらいでもその中はまだ赤く柔らかい。

この場合、いくら市販の潤滑剤を使用したとしても表面の滑りが良いだけであって、膣そのものの弾力性が良くなっている訳ではないから、痛さには変りがない。それを男性側は理解していない。

私たちは目に見える手のひらや脚、顔の乾燥には敏感だけれど、膣の中の壁の細胞がどのような状態になっているかなどと気にしたりしない。「私、枯れてるわ〜」とジョークで笑っていたりするけれど、その『枯れ』が一体どのようなものかなどと、想像もしないで言っている。

そのクリームを一本を使用してまもなく、子犬君との次なる機会を持った時、最初は怖かったけれど確かにその効果があることを自覚した。

元旦に別れて、この6月にシャスタ旅行で再度機会を持った時、事前から準備してこのクリームを使用していた。自身の潤いが悪いのは気持ちがもう離れているせいだと思ったけれど、膣そのものはまだ受け入れられる状態でいたようだった。そしてこの旅行の後、多分にもう二度と子犬君に戻ることはないだろうという思いと共に、これで本当に枯れて行くであろう自身の身体を覚悟した。私たちはもう人生を一緒に楽しめる同じステージに立っていない。『サプリ恋愛』の限界を受け入れつつ、どこか気が楽になっている自身にも気づいていた




長年結婚している夫婦は、たとえロマンチックな関係はなくなっても、習慣として性交を持ち続けている人も少なくない。しかし、妻が閉経を迎え細胞に潤いがなくなり、膣の伸縮も悪く以前のような快感が得られなくとも、それが夫には解らない。自分のものを挿入するために潤滑剤を使い、それが滑らかになれば全てが解決すると思っている。そして『入れられれば』それが快感に繋がると思い込んでいる。

レイキプラクティショナーで一番仲良くしていた60代男性Gは、私のオープンさを気に入って特に可愛がってくれた。レイキをする相手には本当に思いやりがあり、温かく包んでくれるその居心地の良さが素敵だったけれど、彼の私生活はそれとはまるで正反対のようだった。女房はレイキを理解しないし、彼の相手をするのを嫌がった。多分にそれでも夫婦は時々やっていたし、それは前戯もない性急なものだったのかもしれない。

「性交渉はある。でも、もうロマンチックさはない。女房は俺の相手をするのをいつも嫌がる。離婚したいけど金がかかるし、人生間違ったところに閉じ込められたような気分だ」

そうこぼしていた彼だったけれど、私がこの春2ヶ月日本に帰国しているうちに、どこかに姿を消した。噂では家を出たらしいということだった。

「ガールフレンドでも出来て、その人のところにでも転がり込んだのかしら」

時々彼のことを思い出してそう推測したりする。とても健康的な60代で魅力的な部分もあったから、若い彼女ができたとしても不思議ではない。

60代の男女の性。その個人の生活の裏にはいろいろと語られない問題がある。




9/16/2014

恋はハワイの風に乗って 11


スマートフォンの登場によって、私たちの旅は大きく変わった。Google mapのお陰で道に迷うという無駄な時間はなくなるし、自分が探しているもの、それも不特定多数の評価に基づいた良質なものを確実にゲットするのにさほどの労力もいらなくなった。それでも、事前にマップ上でイメージしたものと、その場に到着して肌で感じた『現実感』というのは、結構な差があるものだ。

島巡りの翌日は、ホノルルの住宅街の探索にでかけることにした。今まではカハラの端っこ、モールとビーチの間を歩いただけだったけれど、今日はカハラ、カイムキ、カパフル住宅地の雰囲気を感じるために軽くクルマで流してみようと思った。

情報誌に『カイムキを歩いてみよう!』なんてあったので、ベイエリアの閑静な郊外のダウンタウンあたりを想像してでかけてみたら、あまりにもしけていたので唖然とした。

『レストランやブティックが近くにあって、とても便利なところ。一度この地域に住んだら、もう他に住めないくらいです』

部屋を探しているときに、そういう紹介文を書いていた人がいたけれど、その『便利さ』というのはこの程度のレベルなのだ、と気づいた次第。中心地にある小さなパーキングは出る人待ちの混雑だったし、店の数は圧倒的に少なく選択の余地がない小さなカフェは30分待ちだった。多分に中心地であるその通りには、シャッターの降りている訳の分らない店もあり、何故にしてこんなに閑散としているのか不思議なくらい。観光客が流れている今、もっとこの場でビジネスをしようという人がいてもおかしくないとは思うのだけれど。

しかたがないので角にある小さな店で『アサイボウル』とやらを食べてみる。フルーツの盛り合わせかと思ったら、まるでシャーベット状のものにグラノラやフルーツのトッピングがしてあるもので、ランチ代わりになるものではなかった。勝手に思い込んでいた『お洒落な住宅地の繁華街をぶらぶらしてみる』という計画は全くとして裏切られた思いで、途方にくれた。

その後、カパフルを流してみたけれど、ところどころで数少ない『スポット』に群れている日本人観光客などをちらりとみた。




ランドロードのテスとその友人のモーはマウイ島にも住んだことがあるけれど、「あまりにも退屈で参った」とオアフに戻って来たと言う。確かに去年の11月にレイキマスターを霊授するためにHanaにステイした経験はあるけれど、余りにもの『何もなさ』に唖然とした。そこにいるのは、蚊とロコサーファーと牛だけ。レストランさえない。海岸沿いに並ぶ何億ドルとする家に住んでいる人々は、一体どうやって生活をしているのだろうと思ったけど、隠居の年代ともなるとお金と暖かい気候と美しい風景があれば、家に閉じこもっているからそれで最高なのかもしれない。

不動産の値と家の外観、土地の雰囲気や便利さが見合わないことがだんだんストレスに感じられてくる。そして、それと同時に今現在自分が住んでいるSFベイエリアの環境がどれだけ便利で素晴らしい場所かを再度改めて認識できるのだった。

「アッパーマキキがいいわよ。シングルが多く住んでいるエリアよ」

そうモーが言ったので、そのエリアにある不動産を適当に選び出しそこを目指したところで早々に疲れてしまった。汗ばんだ身体が不快だった。私が考えていた住宅環境というのは、この島にはないのかもしれない、とやっと悟った感じだった。

チャーからチャットが入る。軽く状況を説明する。

「もう、部屋に戻って昼寝でもしよかと思ってるところ。それとも…」
「それとも?」
「あなたのところでお風呂でも入らせてもらおうかしら」
「そっちの方が良い選択だと思うよ」




ホテル使用の肉厚な白いバスローブに身を包み、やっぱりダメなのだという確信を得、私は少し憂鬱な気分で上質な皮のソファに身を沈める。インターコースにトライするも、私は辛いだけで彼とのセックスは楽しめなかった。

「君は暫くそういう機会がなかったのだから、仕方のないこと。今後ゆっくり少しずつ練習したら、君は僕を全部受け入れられるさ」

そう、チャーは楽天的に慰めてくれるけれど、生殖器の相性の悪さって凄く重要なことだと思う。

「私のせいだわ…」
「何言ってるの。君のせいの訳ないじゃないか」
「私がちゃんと自分のテイクケアをしなかったから、こういう目にあったのよ。まさか、このハワイの旅でこんな機会が訪れるとは思っていなかったら、侮っていたのよね」

そう言いながら、確かに私は『お告げ』が降りていたことを思い出していた。バスルームの引き出しを開ける度に目にしていた『それ』に私は『気づいて』いた。そこにあるそれが見えていたにもかかわらず、自分のエゴがそれを打ち消して無視していた。まさかこの旅の間に誰かとセックスをする自分がいるとも思わなかったし、そんなことがあってもならない。自粛の意味も兼ねて、あえて『準備オッケー』にはしていなかったのもある

「君が何を言っているのか、俺にはよく解らない」

そう言う彼に、私は更年期の女性の生殖器の現実を説明し始めた。熟年でありながらもパートナーとの性生活が活発でないかぎり、男にとって多分にこういうことを知る機会はそうないのではないかと思う。そして、女性の身体の辛さとセックスの拒否が、男性側の『人格の拒否の誤解』を招き、必用以上に関係がギクシャクすることは多くのカップルに起こっている現実なのではないだろうか。




公共のブログで顔出しのくせに『性的な話題』を平気でアップする私に『エロテロリスト』と名づけた誰かがいた。それが自然に定着して、ゲテモノ系友人の中では『雅=エロテロ』となり、いつしか私は性的な話題をさらりと提供するエンターテイメント的存在になった。数日前の記事で『陰毛剃り』をシェアしたことで、おかま君から「さすがのアタシでも引いたわよ。そんなこと書くヲンナいる?」と言われたけれど、リベラルな街のサンフランシスコで暮らして来た私には、日常で起きていることのそれが『隠すべきこと』とも思えなくなっているのも事実。私にもモラルはある。それがただ『マイノリティー』というだけであって。

「どうして、みんな生理的な話題をそんなに隠したがるのかしら。誰もが持ってるもので、誰もがそれなりに考え望んでるものなのに」

そう、私があっけらかんと言ってしまったら、大御所に「隠すから楽しいのよ」とばっさり斬られて納得した。それを隠す社会だから、あえてそれを見せる、見ることにあれだけのビジネスがからんでくるのも事実。

過去使っていたアメーバブログは禁止用語の検閲が厳し過ぎて、記事を一方的に削除されたり、下書きからアップロードしようとしても『不適切なワードがあるから』という理由でアップできないことが何度もあった。そのワードが一体どれだかも解らないからそれは凄いフラストレーションになる。いくら性的な描写があったとしても、一般的な『アダルト』というカテゴリーに入れてしまうねっちり陰湿なものとは違う。女性だって性と向き合い、それを語り、それと上手につきあう必用があると思う。男達が勃起する『エロ対象』だけじゃないはず。




去年の夏、私の身に起きたことを女友達に説したけれど、みな「そんなことってあるの??」と、目を丸くしていた。もし、私に自分よりもっと年上で性的な話ができる間柄の人がいたら、同じ体験をシェアできたのかもしれないし、私は悩まずに安心できたかもしれない。普通はそんな話題に触れる機会はないだろうし、だからこそ、私は自分の体験を女友達に平気な顔をして話す。そして、もしかしたらどこかで更年期の症状で悩む女性のヘルプになるのだったら、と思うと、あえてそれを書いてみても良いのではないかと思えるのだ。

という訳で、次回は久々の『エロテロリスト』記事になる。というか、きっとそれは『保健体育』の時間なのだと思うけれど。





アサイボウル。 小さいのにしてもやっとのことで完食

9/14/2014

恋はハワイの風に乗って 10


ラニオア岬に向かいながらコオラウ・ロア地区を北上していたとき、左手側に壁のように迫っている山がとてつもなく強いエネルギーを放っていた。今回私が触れたオアフの中では一番強く感じたそれだった。いつかこの地に戻って来てゆっくりした時間を過ごそうと、そんなことを思いながらひたすらSmartを走らせラニオア岬を探し当てる。


Smartは軽快によく走ってくれました


人気の少ないそこは、独特の雰囲気がある。まるで『目』を思わせるような形の溶岩石は自分の何かを象徴しているような不思議な感覚に囚われた。そこのエネルギーは『穏やかさ』ではない。どことなく『未知』や『未来』というような方向性のエネルギーを覚えさせられる。




もうお腹ぺこぺこ、ということでちょうどカフクにさしかかる所なので、この地に沢山あるシュリンプトラックを探すことにする。

Yelpで選び出したのは、1667レビューという圧倒的なレビュー数を持つGiovannni's Shrimp Truck。屋根のあるテーブル席はゆったりとしていて、ローカルの人々に混じってお勧めのスキャンピーを頂く。ガーリックが効いて馬鹿ウマ。立派に完食。




周りには他の種類のトラックや土産物屋もある。ピナコラーダスムーシーも美味







そして、とうとうノースショアに辿り着いた。ノースショアというと若いサーファーのお兄ちゃんがごろごろっていう印象があったのだけれど、夕方だったせいか特にそういう俗的な雰囲気は感じなかった。


夕暮れにはまだ早いサンセットビーチ





次に目指すは『ペレの使者』と呼ばれる溶岩石の神秘的なビーチ。Pupukea beach parkの先にその地域がある。岩場の近くに太陽に一日温められた浅いプールがあちこちにあり、夕方の斜めの光線に照らされたそこは、小さな妖精がかくれんぼでもしてるような雰囲気を感じさせられながらも、うっかりしたら危険な何かに呑み込まれるようなやばい感じもある。子供心をくすぐられて、しばし一人遊びをした。





くるぶしまでの浅瀬の溶岩石の床が遠く続く


 一日で島一周は無理だったか、と、ノースショアからワヒアワ地区へと左折。島の真ん中を突っ切って、ホノルルに戻ることにする。







その日一日、停まった場所ごとに写真を撮り、私はチャーにkakao talkで実況中継をし続けた。その度に会話があったので、一人のドライブだったけれど見守られている感じがあって楽しかった。Facebookをやっていた頃にこうしたこともあったけれど、不特定多数相手ではなく、特定の大切な人とだけの親密さは生まれて初めてのこと。まさしく『経験をシェア』なのだな。途中美しい虹を前方に発見して感動。運転しながら写真を撮ったそれを送ったら「Please drive carefully」とちょっとお叱りの声も。




ワヒアワは島の内陸の街で、近くにはドールパイナップルプランテーションがある。もうくたくただったけれど、最後にヒーリングストーンを拝んで帰ろうと企んでいたのに、その場所を探し当てたら祠に石がなくなっていて唖然とした。あるのは写真だけで、ヒンドゥー形式の供え物があった。

「一体どうなってるのかしら??」ってチャーにチャットしたら即調べてくれて、なんでも石はそれが発掘された元の場所に戻されたとのこと。まぁ、長い間人々の願いを聞き入れ癒しを求められてお疲れであろうそれに、ありがとうとお休み頂いくことはよいことだと思う。人間は浅はかにも、こういうものにとっても頼りがちだからして。









カハラの部屋に辿り着く頃はすっかり夜になっていたけれど、実に充実した一日ドライブだった。ざっくりと押さえたい所を押さえてきたけれど、まだまだ島中パワースポットははいっぱいある。そしてそのひとつひとつのエナジーに触れる冒険をした今日、オアフと自分がとても好きだと思えた。





9/13/2014

恋はハワイの風に乗って 9


身体に羽が生えたような気分を覚える。未知の土地をクルマで自由に移動できる素晴らしさを実感する。『Independent』という単語が脳裏に浮かぶ。オアフ滞在7日目にして、やっと密かに計画していた島の探索が始まる。


これは一体なんでしょう?





目的地を目指してうほほーっとクルマを走らせ、その途中でふと気づき興味本意でふと立ち止まったこのスポット『海守地蔵尊』と赤く溶岩に刻み込まれた文字がちょっとおどろおどろしかったけれど、観音様が海に面していて確かに『守り神』という感じはする。後ほど調べてみたら、荒波にさらわれて亡くなった釣り人の為に日本人により建てられた観音様だということだった。

そして、はやる心で目指す『ペレの椅子』

なんでも『オアフのパワースポット巡りをするのだったら、ハワイの創造と破壊の女神ペレに敬意を表してまずはここから始めるか、またはここで終了すると良い』ということを文献で読んでいたので。

マカプウ岬に続く舗装道路から横道にそれて歩き出すは私のみ



椅子状の岩の横に身体を落ち着け、この島に降り立った私が離婚を機会に確実に導かれる道を探し当てられるよう、祈りをこめて瞑想をする。自分の心を見つめた時、やっぱりそこにあるのは『不安』だった。みんなが浮かれるオアフ旅行でこんな不安な気持ちに襲われているのも私くらいだろうな、と自嘲しながらも、それでもアドベンチャーの心かき立てられて降りる岩場。麓のプールを目指す。


お勧めに従ってそこで浄化目的の沐浴のリチュアルをした。今日一日の冒険の始まりで浄化された身体に満足。タオルをお尻の下に敷いて再度クルマを走らせる。







次なる目的地は『ワイマーナロビーチ』。ヒーリング効果の高い白い砂浜が永遠と続く美しいビーチだということで。行ってみて人気の少ないその場に感動。しばしそこで穏やかなエネルギーに浸る。







それから更に北上、『カイルアビーチパーク』に辿り着く。ここは観光スポットでもあるので、やっぱり多くの日本人観光客をみたけどワイキキのそれよりは遥かにまし。ラニカイの高級住宅地の家もさらっと見物、そしてカイルアのダウンタウンをチェック。やっぱり思ったよりもずっと田舎なのだな、という印象だった。




カイルアの北の山側にカネオヘという住宅地があり、そこのハレイワ・ジョー・レストランの下にある庭園『Haiku Garden』を目指すも分りにくく、クルマを駐車した後必用以上に住宅地の中を彷徨うハメになった。ランチをするつもりででかけたが、レストランは夜しか開いていないためその庭園には誰も人はいなかった。恐ろしく静かだった。山の麓、解放というよりは籠った密度の高いエネルギーを感じた。




池の周りをぐるりと一周




96歳のホスピス患者のHからの課題。私にハワイアンムームーをくれたとき、ここにある『Japanese temple』を必ず訪れなさいと念を押していた。調べてみたら『平等院』だということが分った。それはいろんな宗教のお墓があるTemple Valleyに存在する。近くまで行ったら、ゴ〜ンという鐘の音が響き渡っていて静かに感動した。その造りは決してちゃっちいものではなく、ハワイの島にあるものでありがなら、尊厳を保った立派な造りである。内部に安置されている大仏様もお見事。ただ、そこの土産物屋はタイと中国と日本の品がごっちゃになっていた。



参拝者が自由に突けることができる鐘


大仏様がちょっと埃っぽい?


そしてラニロア岬を目指して、赤いSmartは走り続ける。