9/08/2016

寒い寒い夏

何気なくブロガーの方をチェックしてみると、それでも私の名前で検索してブログを訪れてくれる人、アメブロからのリンクをつたって訪問してくださる人、そして、多分に定期的にチェックしてくださっている方々がいることに気づき、そろそろ更新をするべきかなという気にさせられた。なので、やっとこの辺で近況報告を落としておくことにする。2ヶ月放置してしまったことだし。




と言っても、特に報告することも余り無いのが事実。私の生活は4月にサンフランシスコ市内のヒップなエリアにあるお洒落なビクトリアンハウスを間借りする、3人のゲイ男性と大きなうるさい『お父さん』と呼ばれる犬とほっこりした生活が続いている。

6月にルームメイトが子猫を飼いだしたけれど、自分の犬も子猫相手なら仲良く暮らしてくれるだろうという呑気な期待が見事に裏切られ、ガミガミ親父の犬がさらにうるさくなったという展開になった。それなのに彼らが2週間のイタリア旅行に出かけ、結局私が動物たちの面倒をみることになり、なんだか孫の面倒を見るおばあちゃんのような気持ちにさせられていた。寒いのもあってすっかりひきこもりになっていたのだった。

そう、寒い。ベイエリアに20年も住んだ私だけれど、実際サンフランシスコの市内に住むというのがこんなに寒いものだとは想像以上のもので驚いた。その寒さは腹が立つくらいのものなのだ。



サンフランシスコベイ横の太平洋は、ちょうど暖流と寒流がぶつかるところで霧が発生しやすい。『世界で一番寒い夏』というのが有名なこの地だけれど「こんなに寒い夏は珍しい」と友人が言い訳をしていた。それはローカル新聞でも何度も取り上げられていて、7月の寒さは過去の記録を上回り、さらに8月も気温が21ど以上の日がたったの1日しかないことが先日のローカルニュースになっていた。

よりによって寒いのが苦手な私が住んでいる期間に限ってそういうことになっていた。

それだからこそ晴れて少しでも暖かい日中であるならば、人々は夏の格好をして笑顔眩しく人生楽しそうだし、私も幸福感に満ち溢れるけれど、それも夕方になるとまた冷たい風が吹き付ける。大判のショールは手放せないし、外に出て外気を感じ、家に戻ってユニクロの薄型ダウンジャケットに着替える日も幾度となくある。

バリを離れて以来、雨というものに遭遇していないように思える。濃い霧の中を歩いた時に、湿った空気を感じでどこか懐かしさを覚えたけれど、そんな日もごく少ない。ベイエリアは乾いている。日本の台風のニュースもピンとこない。

この月曜日はアメリカはレイバーデイの休日だった。友人が恒例のBBQの集いを企画してくれて、橋向こうのバークレーマリーナのピクニック場で楽しい時間を過ごしたが、その暑さにクラクラしてしまった。橋を渡るだけでこんなにも気候が変わってしまう。

寒さに腹を立てていて暑い方がどれだけマシかと思っていたけれど、この暑さを経験してやっぱりほどほどがよいなと認識させられた。なんのかんの言っても、やっぱりベイエリアは住みやすい。この四季のない変化のなさで甘やかされている状態に飽きてしまう人も多いのだけれど。



寒いのだけれど、サンフランシスコにはカルチャーがある。

「私の国にはこういうダンスをやっている人があまりいないのだけれど、ここはみんながアーティストみたいな街。引っ越してきてよかったわ!」

そう、ダンスのワークショップで知り合ったベネズエラ人の女性が言っていた。確かにそうだし、この街は全ての人を受け入れる。みんな違っていていい。だから居心地がいい。

けれども私は、やっぱり暖かいところに住みたい。南国の湿った空気が恋しい。

今現在は理由があってここに滞在している。自分の自由のために今このタイミングでしておかなければならないことがあった。それもある種、人生上の決断であり、先日大きな山を通り越してホッとして少し放心していた。

放心しながらも客観的に自分を観察して、どこまで貪欲に自由を獲得しようとする私なのだろうと、そういう部分では本当にマインドはアメリカ的なのだろうなと感心した。

なんとなく後2ヶ月でこの地を去ることになるだろうという予感を覚えている。そうとなると、寒い寒いと文句たれの自分がどれだけこの地を愛しているかにも気づかされる。

それと同時に今までタラタラした生活が、次の段階の準備が始まるある種の緊張感を伴ったものに少し変化した。調べ物もたくさんある。

登山をする者が自宅でギアを揃えていくときに、こんな高揚を得るのではないかとふと思った。