9/11/2014

恋はハワイの風に乗って 7


ダイヤモンドヘッドのバスのアナウンスを聞き、視界の隅でバックパックを背負った男が降車するところなので慌ててそれを追って降りたら、ひとつ手前の停留所だった。

「ここでよかったのかな?」

同様に気づいた男がそう英語で声をかけてきたので、「私たち多分焦って一つ手前で降りたみたい」と返して何気に会話を交わしながら歩いていたら、お互い日本人だと解り日本語に切り替えた。30代くらいに見える彼の英語がかなり流暢だったので直ぐには気がつかなかったのだ。

ダイヤモンドヘッドで日の出を見たかったけれど、カハラの早朝一番のバスは6時半。日の出時刻を調べたら6:20amとあった。間に合わないのは承知だったけれど、それでもフレッシュな朝の太陽の光でも充分に気持ちが良い筈だとめげずに行動。私たちが登り始めたときには、日の出ツアーの帰り道の団体が前方から途切れなく降りて来ていた。7割方が日本人だった。

以前日本の旅番組をYouTubeで観ていたら、ホストのディレクターがその辛さにギブアップしかけ頂上で思わず泣いていたので、登山仕様ででかけたけれど、一時間ほどであっさりと登れて気が抜けるくらいだった。そういえば、目の前から降りてくる人々の中に、運動靴どころかローヒールのパンプスまで履いていた女性がいたくらいだった。

途中、「疲れた、抱っこして!!」と気が狂ったかのように泣き叫ぶ想定7歳くらいの女の子がいた。親にしてみれば、そのくらいの子を抱っこして登り降りできる場所でもない。でも、その叫びがあまりにも激しく、周りの人々が目を丸くするほどだった。確かにせっかくのハワイでやりたいことはあるだるだろうけれど、大人にもきついそれを一緒に登らせるっていうのもどうなのかな、と父親の立場である同行者が呟いていた。

昔要塞代わりになっていたその頂上は、コンクリートのほんの小さなスペースがあるだけで、そう時間も過ごせないけれど、確かに新鮮な太陽は美しかった。が、同行者が「やばいっすよ〜」と連発する程の感動は私にはなかったが、とりあえずやることやった、という達成感だけは得た。セルフィーを撮ってチャーに送りつける。ダイヤモンドヘッドは日陰がなく炎天下の中を登ることになるから、どのみち早朝か夕方しか登れないだろうと思う。

「旅は道連れ、っていいますけど、やっぱりいいですね」

そう、同行者の日本人男性が爽やかに笑う。私たちは行きも帰りもそんな感じでずっと話しながら歩いた。アメリカに住んだ経験があるから男は英語はとても上手だしとてもオープンだけど、一人しか通り抜けられない場所は先に進むし、並んで歩いているときにクルマの往来が激しい側を私が歩いていても、それを特に気にするようでもなかった。そういうところは日本人男性特有のものかな、と思ったりする。私自身が甘やかされているので、いつも起こらないことが起こるとそれに気づくのだ。




「これからどうしますか?」との問いにKCCのファーマーズマーケットに立ち寄ると告げたら、彼も同様だと言うのでそれからも行動を共にした。これにもそれなりの規模を期待していたのだけれど、人が異常に多い割には意外にもしょぼいので驚いた。ベイエリアの家の近所のカレッジでのファーマーズマーケットは、本当に大規模で出店の質も良いのだということに今更ながらに気づかされた思いだった。

「ウチの嫁さんだったら発狂しますね。ここを一緒には楽しんでくれませんよ。人混みが大嫌いなんです」

そう言った彼が、突入してすぐのポキ丼に惹かれて即購入を果たした。

「もっとよく見てから決めなさいよって嫁さんに叱られるんですけど、俺はいつも即決なんです」

そう言って日焼けした顔で男が笑った。私はもうちょっと様子をみたいのだと告げたら、彼が私が食品をゲットするまで待って、一緒に食べようと提案する。そんなこんなでたいして多くもない出店の中で、ベトナミーズサンドイッチに惹かれたので、それを購入。店のテントにはテーブルも設置されていたので、そこでお互いのものを半分こするブランチになった。

ベトナミーズサンドイッチは11ドルで正直高いと思ったが、かりっとしたバケットに食いつくと、中に挟んである半熟卵の黄身がとろりとして絶品の美味さだった。彼のポキ丼は9ドル。「うっめ〜、や〜ばいっすよ!」という男との食事は楽しかった。同じ味覚を持って食に一緒に感動できる間柄というのは貴重だと認識された。

ポキ丼を平らげて満足した彼は、そこでベトナミーズアイスコーヒーを購入、味見だけしてみたいなと思ったら「どうぞ、アメリカ慣れてますから、ストローシェアてんで平気です」と言ってくれた。学校給食のコーヒー牛乳の味だと告げたら、彼も嬉しそうに同意した。

あまりにも長い列、それも日本人観光客のみが目立つそれに気が惹かれたので確認してみると、アワビのBBQの出店だった。アメリカでアワビというと手のひら一杯の大きいサイズしかみたことないので、ここの小粒のそれを見て意外に思った。これが2個で6ドル。高いなとは思ったけれど、味見しないではいられない。男に一緒に列に並んでくれるかと尋ねたら、気にしないというので一緒に並んでもらった。旅の道連れのお礼に、ひとつを彼に食べてもらった。美味しかった。

これから部屋に戻ってシャワーを浴びてさっぱりすると告げたら、男は意外そうな顔をして、自分はワイキキに行ってサーフィンをするのだと言う。それで、芝生の日陰でバスを待っていたら、ワイキキ行きのバスがあっさり直ぐにやってきたので、そこでさよならを言った。

「じゃ、姐さん、お元気で!」

別れ際の力強い握手と笑顔が実に爽やか青年だった。フェイスブックうんぬんとかいう『繋がろうよアクション』はお互いからでなかった。




部屋に戻っても朝の10時だという事実に軽く驚き、それでカハラホテルのビーチに直行した。初回に誰に何も言われなかったので、その日もテント下のビーチチェアでくつろいでいたら、ホテルの従業員からテント購入をしますかと丁寧に確認が入った。値段を聞いてみたら150ドルだと言う。それを知らずして勝手に利用していた自分の神経の太さにも驚いたが、だからと言ってその金額を払ってそこで過ごす気にもなれなかったので、気が変わったと言い残して席を経った。

ただのビーチチェアは沢山余っているので、それを椰子の木陰に移動して少しまどろんだ。何度か海の中に入ったけれど、ランチも食べることなく部屋に戻り、汗をかいて昼寝をした。カハラハウスにエアコンがないことは気にならなかった。それどころか、ガラスのパネルを斜めに開け放したままで、年中外気が感じられるその環境はとても気に入っていた。野鳥のさえずりと早朝の風でめざめる瞬間は至福な感情さえ得られた。




『駒2』の男からはデートのドタキャンの後も連絡が入っていたが、彼のエマージェンシートラブルのうんたらかんたらの説明が続く一方だった。が、私は実際彼の仕事が何だか理解していないし、それを尋ねることもなかった。今夜は一人でもフラのショーがあるグリルハウスで食事をするつもりでいたのでそれに誘いを入れたが、結局は夕方までにそれも無理だという連絡が入った。バスは夜8時で終ってしまう事実が、夜の外出を面倒にしていた。

シャワーを浴びてキッチンに出たら、テスが庭でとれたアボカドでフレッシュなワカモレを作っていたので、それを一緒に食するのだと勧められた。テスのクライアントがヘアーカラリングの待ち時間でリビングでくつろいでいた。テスは自宅で知人相手のサロンを経営している。

大柄なそのクライアントはテスの友人で、サンフランシスコに住んでいたという話を聞いてから地元のレストランの話で盛り上がった。更に、ケータリングの仕事をしている彼女の日本食の知識には目を見張るものがあったので楽しかった。それで、話をしながらフレッシュワカモレでばりばりとチップスを食べていたら、一人で夕食に出かける気がそがれてしまい、そのままガールズナイトに突入した。テスが60を越したところ、友人のモーが55歳。そして53歳の私たちはみな『離婚暦のある女』だった。

私のサマードレス姿を褒めたモーに「彼女のスタイルの良さは私の気分を害するほどよ」とテスが言い放つ。もちろん悪気がないのは承知だし、そういうダイレクトさに逆に親密さを感じた。ババア同士の会話はやっぱり楽しい。

「病気で痩せたからあまり嬉しい話じゃないけどね。離婚騒動で胃の調子を悪くして15パウンド痩せてから、あまり元に戻らないわ」
「うわっ、そうなの?私が離婚したときは、ストレスで逆に食欲が増し、あっという間にこの体型よ。それ以来痩せることはないわ」

そう、テスが驚いたように返した。




「私が突然18年馴染んだこの家を引っ越すよう言い渡されて以来、嘆いたり怒ったりしている姿をみたことがある? 私には神がついている。それを信じてやるべきことをやるだけのことなのよ」

話をしているうちに、テスが「信仰が土台にあるから私は強いのだ」ということをふと口にした。その内容がまるで今朝行動を共にした男との会話に酷似していたので、そのシンクロに驚いた私だった。

「日本では仏教や神道が生活にしみ込んでいるけど、残念ながらそれは慣習宗教であって、心の助けになっていない。今の若い人の考えを目にすると、信じるものがない不安定さを感じる。日本では『宗教』というとみな眉をひそめるけれど、実際は自分の心の拠り所になる宗教を持って育つことは良いことだと思う」

そう私が言った時に、男が「宗教は自分を信じることができる土台になる」という話をしていたのだった。

それでテスとモーが同じ教会に属する人間だと解った。今朝会った男はそうとは見えない宣教師で、来週はその教会の大きなコンベンションがあるのだと言う。それで、多分にそれがテスとモーが属する『New Hope』のメンバーだろうということが推測された。明日のミサに一緒に出かけるようにテスに勧められたが、自分は仏教徒だと告げ、とりあえず明日も朝から用事があるのだとやんわりと断っておいた。

『パルプフィクション』がTVでやっていたのでそれを3人で一緒に観ていたが、テスは途中で映画のセンスを理解しないと自室に引っ込んでしまった。それでも私とモーがそれを見続け、モーの会話は酔っぱらってきて、何をしゃべろうがさほど意味のない状態になってきた。それでも、そんな時間自体が楽しかった。しゃべる内容じゃない。ただその場をリラックスした状態で一緒に過ごす、ということに意味がある。ホテルに一人で泊まっていたら味わえない、そんな時間をありがたく思った。




ダイヤモンドヘッドからのサンライズ







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