9/20/2014

恋はハワイの風に乗って 12


ハワイに出かける少し前から、バスルームの引き出しを開ける度に目についた『それ』は『Replens』だった。2本目の3分の1程残っているそれを目にし、言葉にならない葛藤が脳裏にあったようだけれど、私のエゴがそれを打ち消していた。ハワイでそんな機会が起こるとは思えなかった。そして、自身の意思でチャーとの性的相性を知りたいと思ったのに、自分が受け入れられる体勢ではなく、それでも無理をしたためかなりの辛い思いをしたのは本当に思ってもいないことだった。

私の膣が正常に戻れば果たして彼自身を受け入れられるのか。チャーが潤滑剤を使用して、それに不快な刺激を感じて風呂で自分の指を使って内側を洗い流そうとしても、異常に固い膣の壁に驚いた。押し広げようにも私の知っている以前のそこの感触と全く違っていた。そしてこのまま、過去の『大き過ぎた男』のようにまったく楽しめず関係の自然消滅を迎えてしまうのかは、実際何度かのトライを試してみない限りは解らないことだ。

少し沈んだ気持ちで、私は夫との結婚生活、そしてそれに伴った過去の男性関係などを素直に打ち明けた。チャーは自分の過去は話したけれど、私に何も訪ねようとはしなかったので、今が良いチャンスなのではないかと思えたのだ。彼はどう思おうとそれを批判的に捉える人ではない。「シェアしてくれてありがとう」とだけ言い、今晩はもう泊まっていったらどうだと提案してくれたけれど、私はその気にはなれなかった。




翌朝になって、自分は夕べ彼の家に泊まるべきだったのだ、と思った。

チャーに対する気持ちはだんだん膨らんで行く。新しい発見をする度に彼のことを好きになってゆく自分を意識した。でも、昼寝をしようとベッドに横になったとき、彼の腕の中で身体を硬直させ、私は一瞬ともまどろむことがなかった。長い間ひとりで眠る習慣がついていたし、今まで付き合った男で朝まで過ごしたのは子犬君しかいない。それも、ハルビンとシャスタの旅行だけで、ほんの数日だけの経験だ。子犬君はこっそりと静かに眠る子だと思っていたけれど、実際は彼もよく眠れていなかったらしい。初めて彼のイビキを耳にしたのは、年末にかなり酔っぱらって翌日の初日の出を拝みにいくのを拒否した、あの夜だけだった。

離婚もまだ成立していない私だけれど、一生ひとりで生きて行く自分ではないと漫然と思っている。でも、新しい男と生活するということは、寝食を共にすることであり、今現在のように別室で広いベッドで長々と手足を伸ばし、好きな時間に寝起きする生活ではないことは充分に承知のこと。それに慣れるまでにどれだけの時間がかかり、疲れることだろうと思うとちょっと気後れするような感じだ。

「私、どこでも眠れる。いちにっさん、で『ぐぅ』よ」

新しい彼の家に泊まっても平気、そうへろりと言ってのける健康的な女子を羨ましいと思うけれど、実際私にとったらそれは第一の大きな壁だと思う。チャーが凄いイビキかきだったらどうしよう。いや、それより、私自身が凄いイビキをかいているかも。口をあんぐりあけて眠っている顔を晒すって、結構勇気がいることだとも思う。ま、それができるということが、ただの『デート相手』から『リレイションシップ』にグレードアップすることだとも思うけれど。




朝一番のチャットでチャーにそう告げたら、彼は嬉しそうな反応を示した。夕べの彼の「君がハワイに住んだら、追い掛け回してあげるよ」アプローチが凄くて「やめて怖がらせないでよ!」ってちょっとおののいたものの、彼が私を相当に気に入っているのだと知ることは悪い気がしなかった。

9日目のハワイにして、今日はおかま君がサンフランシスコからやってくる。今までどおり一緒に過ごす時間はそうなくなるだろうとチャーに知らせてはいたけれど、この滞在中に一度は泊まりにいく機会を作るから、とそう彼に告げたときは、私はかなり本気だった。

予定時刻をかなり過ぎたころに、『やっさん』から電話が入った。確かおかま君と一緒のフライトでハワイに来ることになったとは聞いていた。とりあえず、この旅行に関してはまったくとして全てがぼやけている。私は早くからオアフ入りをするので、帰りの飛行機の時間だけをおかま君とどうにか合わせただけで、後は何がなんだかよく解らないでいた。

電話に出たらおかま君だったけれど、その声は酷く酔っぱらっているようだった。

「おまこ〜、アタシよ!あのね、アタシ、夕べ強盗に入られて何もないの!現金25万入りのスーツケース盗まれたの!何もないのよ!でも、来たわ!」

何が何だかさっぱり解らない。おかま君の行くとこ事件あり、なので「また何か起こったな」とだけは思ったけれど、とにかく全く状況を把握できないでいた。やっさんが電話口に変わる。

「あ〜、雅ちゃん? 私たち今着きましたから。いや〜、おかま君とね、飛行機ん中でかなり飲んじゃって。気の毒な事故が起きたんで私が奢ってあげてたんですよ。とりあえず、話は詳しく彼から聞いて下さい。今、お友達が彼をピックアップして行きましたから、また彼から連絡あると思います。私は『ようちゃん』が日本からのフライトで着くのを待ってから一緒にホテル入りしますから」

そうやっさんが説明してくれたけれど、やっぱり事情が掴めなかった。まんじりとしない時間を過ごしていると、今度は違ったナンバーから電話が入った。

「おまこ?アタシよ。『はんこ』が空港に迎えに来れなかったから、彼女の友達がピックしてくれたの。今彼女の家にいるんだけど、あんたと何処で会ったら良いの?」

それは私が聞きたいくらいだったけれど、その友人とやらも忙しい人のようなので、とりあえず、先日チャーと待ち合わせたアラモアナショッピングセンターのコーヒーショップを指定した。おかま君が電話口で相手にがなっている。相手もそれで了解したみたいだった。さくっとSmartを発進させてアラモアナを目指す。駐車場で少し迷ったけれど、それでも比較的楽に目的地に辿り着いた。『住むハワイ』という言葉が脳裏をよぎった。そして、待つこと暫くして、見知らぬカップルのクルマで送り届けられたおかま君と遠いハワイでの合流を果たしたのだった。




「一体何が起こったのよ?」
「アタシにも良く解らないの。でも、今朝出がけにスーツケースごと部屋からなくなっていたのよ。」

そうおかま君が説明したけれど、把握出来るまでに時間がかかった。

つまりこういうことだ。旅行の準備もすっかり出来ていた前日、おかま君は飲みにでかけた。そして酔っぱらって男を部屋に連れ込み、朝起きたらスーツケースごとどろんされたという。どういう状況だったのかと細かく質問しても「覚えていない」の一本やりだ。「そんなことはないだろう」と問いつめても「本当に覚えてないの」と言い切るだけ。日本からやってくるシングルマザーの友人の飛行機代を出してあげるから、ということで現金もいつになくしっかり用意しての不運だった。財布も取られているので、クレジットカードも銀行カードも持っていない。『はんこ』の友人が太っ腹にもぽんと現金500ドルを貸してくれたそうだ。

凄く痛い事件だけれど、おかま君はときどきそういうことをやっていた。「もう恋愛は諦めたわ」という口癖はあったけれど、こっそりとそういうオイシイ機会にありついていた。シングルゲイライフだから、特にそれがやばいこととも思っていなかったけれど、まさかそんなことに遭遇するとは、彼も私も想像したこともなかった。

「それってまるで『ルーフィー』しかけられた状態みたいだな」

後ほどチャーに話した時に、そう応えが返って来た。デートレイプドラッグとして知られている『Roofie』は、無臭、無味、無色のピルで、気づかれることなく簡単に飲み物に混入することができる。これを摂った者は30分程で動けなくなり、相手に逆らうことはできない。目も開けていられるし、意識はあるから何事が起こっているか観察することはできるけれど、翌日にはその記憶が飛んでいるというものだ。

そんな信じられない事件が起きたにもかかわらず、おかま君は小さなジムバックひとつ、着替えも水着もないままハワイにやってきた。どうして飛行機に乗れたのかという問いには期限切れの 運転免許証が身分証明になり、それでとりあえずやってきたということだった。



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