11/13/2015

クタのホテルにて


1990年というと前世紀になるけれど、タイはプーケット島で当時世界中に100箇所以上に展開するフランス資本のリゾート施設で仕事をしていた。正確に言うと、その時は3週間の研修を受けていて終了後にはタヒチはモーレア島の勤務になった。

当時そのスタッフ間ではバリの施設で働くのが一番なのだというのがもっぱらの噂だった。タイもインドネシアもそう変わらないのだろうと思っていた私だけれど、それ以来バリに対する漫然とした憧れが募っていた。そこを訪れる機会はないまま時は過ぎ、2011年に震災見舞いに家族を全夫と訪れたときのついでにバリで心労を癒すつもりで計画を立てた。しかしサンフランシスコから東京経由でバリに着くルートはえらい時間と費用の消費だということで、やむなく再度プーケットでのバケーションに変更された。カリフォルニアは世界のどこに行くにも遠い。日本への帰省だって行けば楽しいけれど、長い飛行機プラス実家までの3時間の旅を思うと気持ちが沈む自分を感じずにはいられない。

ヴィッパサナーの合宿の山中に居た2週間近くの間、木の葉が黄色く色づき空気が秋のそれに変化していくさまを日々感じるのは気持ちが良かった。まもなく冬がやってくる気配を感じ始めてきたサンフランシスコを発つその前日、とうとう寒波が押し寄せた。厚いダウンの毛布の中でも薄ら寒さを覚える朝だ。ベストなタイミングで私は北カリフォルニアを脱出した。




バリ島のデンパサール空港は恐ろしく広くそして新しい近代インターナショナル空港だ。最小限の情報しかチェックしていなかったので、なんとなくハワイのような南国の小さな空港を想像していた分、意外な気持ちにさせられた。VOA (visa on arraival)はすかすかに空いていて、あっさりと35ドルを払って終了。イミグレーションで何日いるのか尋ねられた時、控えめに多分に30日を延長するかもと応えれば、60日ステイしたいのなら3週間後にヴィザの延長申請をするのを忘れないようにと丁寧に年を押してくれた優しさだった。

サンフランシスコ空港を離れる時に、デンパサールを出国するチケットが30日以内でないことにエアラインカウンターの女性が不審感を持ち、それだと入国最初の30日ヴィザをもらえないのではないと告げてきたのにめまいを覚えた私だった。自分が調べた限りではそのアドバイスは見当たらなかったし、ヴィザ延長の方法だけを確認したのみで航空チケットを購入してしまったから焦ることこのうえなし。それで、チケットカウンターの女性が裏で工作して嘘のコンファーメンションドキュメントを作ってくれた。チケットを見せろと言われたらこれを提出すればいいだろうということだった。

出国時の換金もその手間で時間がかかり外貨を買うオフィスを目の前で閉められた。予定が狂ったところで少し黒い靄が心に現れていたからインドネシア入国時はちょっと緊張するものだった。

到着時間を考慮して選んだチャイナエアラインは、まったく期待していなかったにもかかわらず、機体は新しく比較的快適に過ごすことができた。台湾経由で長い時間を過ごし、泥のように疲れがたまっているその身体で辛抱強く荷物が出てくるのを待つ。イミグレーションで帰りのチケットを提示することもなく、あっけないほど容易かった事実に呆然としていた。長いフライト疲れにデジャブーを覚え、アルゼンチンはブエノスアイレスでの旅を思い出した。あの時は機内でiPhoneをチャージしておくことを忘れ、友人に連絡が取れない焦りの中、空港に働く人々が英語を話すこともなく、予約していたアパートまでの道のりはとにかく困難だった。あの辛さを思い出すと、今回の旅は楽勝とも言えるさいさきの良さを感じた。

機内はダウンジャケットを着込むほど寒かったのに、外に出てみたら一瞬にして汗が噴き出す亜熱帯気候だった。長い間この空気を夢見ていた。ドライなカリフォルニアに慣れていると湿った空気が懐かしくなる。ハワイの空気に期待したけれど、思っていたほどのものでもなくダイヤモンドヘッド周辺は乾いていた。以前プーケットで「これこれ」と思わされた私が夢見る湿った空気はアジアの島にあるのだと再確認する。日本の夏は20年経験していないから、憧れではあるけれどこの湿った空気と暑さに慣れるのにはちょっとかかりそうな気がする。




蝿のようにたかってくるタクシーの男たちを無視しながらも、どうにか人の良さそうな男性と交渉して10ドルでクタのホテルにたどり着く。空港の外でだったら遥かに安い金額で乗れるだろうけれど、大きな荷物があるのでやむを得ない。最近の旅ではAirbnbを利用するのが常だけれど、家のドアから27時間の旅の後は人とディールすることなくとにかく一人で休みたい。安宿もたくさんあるけれど、初日は空港近くの4スターホテルを予約しておいた。部屋とベッドは満足いくダブルで、涼しく綺麗でバスタブも大きく申し分ない。さっそく汗で湿った服を剥ぎ取り、すっぽんぽんでやることに取り掛かる。Wifiの接続は上手くできたけれど、ラップトップを起動させたらあまりにも遅くて面食らった。階下のプールを見下ろしたら綺麗だったけれど、泳ぐ気にはならなかった。ホテルスパをチェックして90分のバリニーズマッサージを予約する。300,000ルピー。ゼロが多すぎるのに慣れない。ホテルの外にはもっと安いスパがあるらしいけれど、とりあえずめまいを覚えるような疲労の今日はお姫様トリートメントが必要なのだからして。

バリニーズマッサージというのは、アロマオイルトリートメントらしい。4種の中から選んだそれは当たりで、ほのかな香りに癒された。担当の女性の扱いは限りなく丁寧だった。普通は少々荒くても安価でがっつりツボを抑えてくれる中国按摩が好みだけれど、バリニーズマッサージは力強いツボ押さえはあったけれど優しいストロークが主だった。終わったあとの放心感は得られなかったけれど欲求不満になるまでもなく、雰囲気も良いしとりあえずマルといった感じ。使い捨てのショーツをはかされたのには驚いた。マッサージにショーツはインドで旅行以来の経験だった。

当初の予定では夕食はルームサービスにするつもりでいたにもかかわらず、ちょっと元気が出たので夜の街に出てみることにした。路上にはたくさんのマッサージスパがあるけれど、料金が安すぎて入るのに勇気が要りそう。たしかビーチまでそう遠くないはずなので歩いてみようと思ったが、路端の男たちから声をかけられるのがうざかったし、ある程度行ったら道が暗かったので危険と断念して、その辺のローカルな店で夕食を食べてみることにした。名前は忘れたけれど、写真を見て良さそうだと思ったので頼んでみたら、シーフードのお好み焼きにカニ玉のタレがかかっているようなものだった。悪くなかった。ウエイターが向かいに座って話し相手になってくれた。パイナップルジューズと合わせて43,000ルピー。3ドルちょいというところ。

エアコンは嫌いだけれど、止めたら異常に暑いので仕方なく部屋を25度に設定してつけたまま眠ることにする。音と風に慣れない。





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