2/22/2015

離婚直後 1


オアフの西のマカハはAirbnbで探し当てたゲストハウスに着いた翌日、適当な探索に出ようと階下に降りたら、そこにロマンスグレーの大柄な白人がダイニングテーブルでホストのロレッタと話していた。彼女が私と彼をお互いに紹介する。昨夜遅くにたどり着いたという男はサンフランシスコベイエリアから来たらしい。一瞬にして彼に親近感を覚えた。

「私も昨日着いてこの辺りの何をも見てないのよ。よかったら一緒に外に出てみない?」

最近の私は積極的なオープンさを持っている。知り合いもろくにいない新しい土地に来てから、人々との出会いが続く中シャイでなんていられない。いつしか物怖じしない口調になってきた。他人には以前からそうだと思われていることも多いけど、実のところ初めての人と話すのを面倒に感じるようになってきていた自分だった。ポットラックパーティに出かけても、知り合いが居ればべったりと張り付き、見知らぬ顔との交流を図ろうとしない。それがある意味歳のせいなのか、性格なのかは定かではなかったけど、多分にそれは『同じ土地に20年近く住んで根っこをはやす』ということの弊害でもあるかもしれないと思う。

そんな私とは正反対に、新しくベイエリアに引っ越してきたという日本人が集まりに参加して積極的に交流開拓をしているのを目にすると、そのバイタリティにおののいたものだけれど、今自分が逆の立場になると同じように行動しているのに我ながら感心する。遠い昔の自分が蘇って来る。これが『流れ者』の特有のものなのかもしれない




男は私の言葉に特に反応を見せることなく、ホストのロレッタと会話を続けていた。それで余り乗り気ではないのだと解釈した。一人旅なのだ。「マイペースで動きたい。群れたくない」という気持ちは理解できる。

会話が一段落したところで男の行動に特に前向きの気配が見えないことから「じゃあ、よい1日を」と言い残してゲストハウスを出た。すると後手にドアが開き、男が私を呼び止めた。

「君何処にでかけるの?よかったら一緒に回ろうか?いや、一人で行動したいならそれで俺は構わないのだけれど。俺はどっちでもいいんだけどね」

先ほど私がクリアに誘ったのに、何故にそう繰り返すのだろうと呆れたが、それでも気の良い返事をすると男が更に荷物を取りに部屋に戻り、しばし待たされた。もしかしたらよくないアイデアだったかもという思いが一瞬頭をよぎった。

男の車で移動することにし、彼は一旦スポーツバッグを後部のドア前の地面に置いてシートの上に散らかったものを片付けた。そして運転席に乗り込み準備オッケーの体勢に入る。

「バッグ、まだ外だけど?」
「Oh my god!

男は自分の失態に首を振りながら、今度こそ準備オッケーを確認して車を走らせた。彼のレンタカーは古いモデルで、窓の開閉が手動だったのに驚かされた。

「週85ドルのディールだ。文句は言えない。別に走ればいいしね」

そう言い訳がましいトーンで男が説明する。そしてこの地に来るまでの過程を語り出した。

暮れに離婚が成立し、それまでにリモデリングしていた大きな家を売り払い仕事も辞め、家具を倉庫に収めてハワイに来た、そう男が話した時、思わず私は笑ってしまった。状況が時期的にもまったく自分と同じだったからだ

「何も計画しないまま島を転々としたよ。途中でもっと続けたいと思ったけど、変更不可能なフライトチケットだったので結局別なチケットを買い片道分を無駄にした。ここの家はスーパークリーンで最高に嬉しいけど、今までに泊まったところは余り良くなかったな。バスタブが綺麗じゃなくて思わず漂白剤を買ってきて、他人様の家を掃除するハメになったさ。ある家はカビ臭くて、5分ベッドに座ってて決意してそこを去った。お金は返して貰えなかったし、飛び込みで高いワイキキのホテルに泊まることになった。旅に慣れていないと、無駄金を使うことになるけどこれも経験を積むしかないのだろうよ」

そう男が語る。身なりはほどほどに趣味の良い真新しいスポーツウエアで、旅慣れていないおっさんという感じだけれど、不思議に安心感が得られる。マックブックを愛用し、愛車も別れた夫と同じレクサスのSUV。リモデリングをした家の内装を語らせれば平均的なアッパークラスのベイエリアの男だった。

オアフにやってきてから私は何人かの中年男とデートしていたけれど、ハワイ生まれ育ちの男だとやっぱりどこか違和感みたいのを感じずにはいられなかったことを思い出す。これぞ『空気の違い』なのだろう。私は彼に『慣れて』いるのだ。人が良さそうな印象で、それ故にどことなく損してるかのようにも察せられた。

ヨコハマベイの先までクルマを走らせ、波の侵食作用で面白く変形した岩の岩壁を探索する。打ち砕ける波の勢いはかなりものだった。男は素直に感動して大変満足していた。お互い勝手に岩場を歩き適当な時間を過ごした。

車に乗り込み、これから昼食はどうかと提案すると、男は今朝同様はっきりしない反応を示す。

「yelpで調べてみるわ。何か食べたいものある?」
「I don't care」

男がぶっきらぼうに答える。幾つかの場所を提案しても「I don't car」を繰り返した。別れた夫が嫌そうにそう答えていた過去が蘇る。これが彼の別れた女房を苛立たせたことには間違いない

「それは言っちゃダメよ。女を不幸にするわ」

冗談のトーンで告げたけれど、半分本気だった。

それでもヨットハーバーにある手頃な軽食のカフェを選び出し、中に入って黒板に書かれたメニューを吟味していたら「出よう」と男が言い放ち即行動したので面食らった。「何か変わったのが食べたい」が理由だった。

「全然『I don't care』じゃないじゃない!」

「何か特別」とブツブツ言い続ける男の隣で更にyelpを吟味し、次なる場所を目指した。着いてみたら、どうやら小さなヨガリトリートのような場所で、カフェではそこで作った野菜のオーガニックフードをサーブするらしい。しかし、月曜日のその日は休みだった。

スタッフにモノを尋ねる男を横目に、彼が大変に親しみと尊重のある会話をする人なのだということを知った。庭を見学した後クルマに乗り込むと更に男は「この場所を知れて良かった」とまたクドイ言い訳をした。次に目指すはタイレストラン。中に入って、なかなかいいじゃないか、サンドイッチよりずっといいのだ、と更に強調する。その時点で彼は私と二人で行動することに、ある種の緊張感を得ているせいなのだと察した。  

食事が済むなり男がさっさと会計を済ませる。金払いは良いらしい。

「ありがとう。ごめんなさい、名前忘れちゃった」
「ジェームス」
「ジェームス。ジェームスボンド」

私が映画の007のセリフを真似ると、男がくすりと笑った。彼から初めて感じるリラックスしたバイブだった。

「ありがとう。なかなかいいデートだったわ」  

ゲストハウスに着きクルマを降りる私がそう告げると、その言葉に彼の横顔が小さく反応したのを見逃さなかった。




翌朝、ホストのロレッタが宿泊客をスポットの案内ツアーに連れ出した。2台のクルマに分かれ、私はミシガンから来たという初老のカップルのクルマに同乗し、ジェームスはロレッタの助手席に乗り込んでいた。彼らの後部座席にはスイスから来た若いカップルが座った。要所を案内した後、ロレッタは私たちを絶景のあるカフェに連れて行きスムージーを買ってくれた。

「ねぇ、今日の午後何処か出かけるんだったら声かけてよ」

ジェームスに声をかけ、私たちは普通に電話番号の交換をする。彼の携帯はiPhone6だ。ジェームスはそのカフェが酷く気に入ったようでゲストハウスに戻るや否や「俺はあそこに朝食を食べに戻るよ。君も行くかい?」と誘って来た。ロレッタがそのカフェの裏手には果樹園を抜けるトレイルがあると行っていたので、朝食には興味がなかったけれどそれに乗った。

「ご飯はいいから、私にコーヒーを買ってよ」

コーヒー一杯くらいは気軽に甘えてしまう。私は朝食を食べる男の隣で、窓から見える絶景を楽しみながら何気ない会話をした。話はつきない。多分に彼も私と一緒にいる事に対して嫌な思いをしている訳ないことだけは確かだった。トレイルウォークをし、再度ゲストハウスのお互いの部屋に戻った。

ジェームスからテキストが届いたのは昼も過ぎた頃だった。

「これからビーチに行くけど君も行くかい?」
「どこの?」
「さあてね。適当に」
「OK. We will see (そうね、いきあたりばったりってことで)」

そう、私が応えて階下に下り彼の出現を待ったが、彼がなかなかリビングに姿を表さない。仕度に時間がかかる男なのかと呆れ、一度部屋に戻りコンピュータのやりかけの作業に戻った。「I'm ready」と打っておいたので、出かけるときに再度声がかかるだろと思ったのだ。

ところがそれから一時間経っても彼から連絡がない。しびれをきらして彼に電話をしてみると、彼は既にビーチに居るという。はぁ?と思い「何よ待ってたのよ?」と言えば、彼は私が行かないと言ったのかと思ったと言い訳をする。私の英語の使い方にモンダイがあったのだ、と。さすがにキレて、声が荒れる私がいた。





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