2/25/2015

離婚直後 2



「It's OK. 私が悪かったのよ」

強い口調でそう言って、ジェームスのうだうだした言い訳を遮る。もちろんその口調ではぜんぜんOKの筈がないのを彼は悟っている。

「じゃぁ、これからシャワーを浴びに部屋へ戻りそれからトレイルウォークに出るけれど、それには行くかい?」

「本当?そうね」

そうなんとなく返事をしながらも、電話を切った後で「Yes, I'm going out with you」と念を押してテキストを返しておいた。YesかNoかをはっきりしない自分がいけなかったからだ。

直ぐに再度彼から電話が入る。もう戻って来て下にいると言うのだ。やけに早いなと思い階下に行くとまだシャワーも浴びてない彼がそこに立っていた。

「ちゃんと君の顔を見て説明しなくてはと思ったんだ。本当に勘違いなんだよ。君を避けていたわけじゃない。僕は君と出かけるのを楽しんでいるんだ。それだけはちゃんと伝えたかった。今から5分でシャワーを浴び仕度する。もう待たせないよ」

意外にも彼の言葉がはっきりしていたので軽い驚きを得たけれど、その姿勢に大いなる好感を持った。とたんに私の機嫌も直った。




「リビングに君がいなくて暫く待った。クルマに移動してそれでも待ったのだけれど、君が『We will see (each other later)』っていう意味だったんだな、と解釈してでかけたんだ」

クルマを走らせると、再度男は苦々しく説明を始める。

「でも、私『I'm ready』ってテキストしたよ。どうしてまた確認してくれなかったの?」

「そうなんだよ。でも、俺は自信がなかったんだ

素直にそう告げた彼を愛しいと思った。離婚をして傷心旅行でいれば、女性関係の全ての事をネガティヴに捉えてしまっても無理はないと思う。私は「とにかく、今は一緒に出かけられるのだもの嬉しいわ」と明るく言って二人の時間を楽しんだ。




Ka'ena Point Trailは西側の最先端に向かうトレイルで片道1時間半ほどある。前の晩に降った雨のせいで大きな水たまりがありぬかるみも多かったが、それでもどうにか歩くことはできた。話もせずに離れて歩くときもあれば、何気に話が始まるときもある。絶景に感動し静かな時間をシェアするときもあった。ポイントの近くまで行った時に大きなフェンスを見た時には、ミリタリーの進入禁止かと勘違いした私ががっかりした声をあげた。彼も同様に勘違いしたのだけれど「悔しいからあのフェンスにタッチしてくるよ」と言い、足を進めたところで通り抜けができることを知った。そして、そのフェンスの向こうはアホウドリが飛び交う野生動物保護地区であることに気づいた。

途中にあったアホウドリの生態を説明する標識を読んでいる所で、帰り道の若い青年と気さくに男は話し始めた。そして暫くして、若い青年が私たちを夫婦だと勘違いしていたことに気づいた。

「いや、俺たちはたまたま同じ宿に泊まっているだけの関係だよ。いや、夫婦並みに尻にしかれて喧嘩もしたばかりだけれどね」

私がそう言った男を小突く。明るく笑って青年に別れを告げ、とうとう最短のポイントに到着した私たちはお互いの写真を撮り合った。

帰り道後半になって急に速度が落ちた私だった。足が痛くなり泣き言を言いだすと「そりゃよかった。飛ばし過ぎだな。君があまり早く歩くから俺は焦ったんだよ。でも、悔しいから頑張って君に付いて行ったさ」と、にんまりとする。どうにかクルマまで辿り着き、靴を脱いでどろをこそげ落とすころには、サンセットがとても美しかった。




ジェームスは明日ゲストハウスを発ちサンフランシスコベイエリアに戻る。まだベイエリアでの宿さえ確保していないと言う。そんな自分を「ホームレスだ」と言ったけれど、私自身もそうなのだ。お互い共感できることが沢山あった。

「最後の夜だもの、一緒にディナーしよう」

そう私が誘い、彼も素直に同意した。時間を設定しシャワーを浴びてロングドレスで階下に降りると、彼もホストのロレッタも感嘆の声をあげた。

「ドレスアップしたな」

そうジェームスは言うけれど、私には特にその意識はない。ドレスは楽だから着る。スポーツウエアの姿に見慣れると、きっと印象が大きく変わるだけのことだと思う。

彼の頭の中には蟹を食べるという目的がはっきりしていたけれど、行ってみたらクローズだった。ことごとくレストランにツイテいない展開に二人で大声で笑った。それで、次にラテン料理の店を目指したけれど、今度は無事パーキングにも恵まれた。まるでクリスマスのようなイルミネーションが点灯したその店構えは、デートに相応しいロマンチックさだった。

ジェームスは相変わらずスィートにウエイトレスと会話をし、彼女の推薦の料理を素直に注文する。向かい合い話していると、彼の言葉や空気が違っているのが意識出来た。表情も柔らかい。それはまるで温かな魔法がかかったかのようだ。これを『ケミストリー』と呼ぶのだろう。

学生の頃はアメリカンフットボールをしていたというくらいの彼の体格に似合わない、繊細なブレスレットに眼をやり、それを問いただすと彼がその逸話を話してくれた。出逢いの最初の頃は彼の離婚の苦々しい話ばかりだったが、やがていつのまにか温かな内容に変わっていた。料理が運ばれれば、お互いの皿を味見で突き合ったりするのも自然にするようになった。

最初は「なんだこいつ」って思われているかな?と懸念したものの、最後は「君と一緒に過ごせて楽しかった。ありがとう」って言ってもらえて安心した。それがただ単に礼儀の言葉だけではないことは声のトーンで解った。翌日会えるとは思わなかったから、別れ際にお別れのハグを交換した。小さなロマンスを感じて眠った。




翌日私は宿に新しくやってきた23歳の女子とサーフィンレッスンを受けるのに早朝から行動していた。波に揉まれてへろへろしてビーチに辿りついたら、ジェームスが私たちのレッスンを笑って見守っていた。レッスンが終ったところで彼が空港に向かう。

「じゃぁ、お別れのハグ!」
「なんだよ、びしょぬれじゃないか」

そう言いながらも、濡れた身体を抱きしめてくれた。

彼が発ったその夕方iPhoneを眺めていて彼の写真を送信したら、その夜遅くに彼が撮った私の写真を送って来てくれた。『君と過ごして楽しかった』と短いメッセージと共に送られてきた写真の中の私は、ここ一年見ることもなかったくらいの良い笑顔をしていた。それで、自分が彼と一緒にいる間、本当に楽しかったのだと実感した。送られて来た写真には、私が知らない間に撮られているものもあった。それで、彼が私を見ていてくれたことにも気づいた。

翌日、ドルフィンエクスカーションに行くことなどテキストしたけれど、後2回のテキストメッセージに彼から返事が来ることはなかった。

きっとベイエリアに戻り現実に直面している彼なのだろうと思う。




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